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福岡高等裁判所 平成4年(う)256号 判決 1995年6月27日

本籍《省略》

住居《省略》

無職 A

昭和二一年二月二四日生

右の者に対する詐欺被告事件について、平成四年四月二七日福岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官飼手義彦出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人春山九州男外五名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官山口勝之作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意に対する判断

一  控訴趣意中、事実誤認の主張について

1  所論は、要するに、原判決は、「株式会社ダイエー・リアル・エステート(現商号株式会社芝エステート)、株式会社ディー・アール・イー(現商号株式会社ダイエー・リアル・エステート)及び株式会社福岡ダイエー・リアル・エステート(以下、以上を総称してFDREともいう。)の取締役などとして、福岡ツインドーム建設計画に関し、上司を補佐し、その業務全般を統括していた」被告人が、「マルキ工業株式会社(以下、マルキ工業という。)及び日本技研株式会社(以下、日本技研という。)を経営する」B'ことBが「福岡ツインドーム建設工事のうち鳶、土工、型枠大工、鉄筋の各躯体工事(以下、躯体四役という。)を元請会社から第一次下請業者として受注したいという希望を持っていることに乗じ、同人からFDREの地元対策費等名下に金員を騙取しようと企て」「真実は、FDREにおいて、同人から地元対策費等の金員が提供されることを条件として元請会社をしてマルキ工業もしくは日本技研を右各工事の第一次下請業者として採用させる旨、及びその際、右提供される右金員を回収しかつ適正利益を確保するに足る十分な金額で右各工事を発注させる旨FDREが了承した事実がないのに、これあるように装い」、虚構の事実を申し向けて金員を要求し、「同人をして、右要求に従えば、確実に、右各工事を右約束どおりの条件で元請会社から第一次下請業者として受注できるものと誤信させ」、よって、「同人から、地元対策費等名下に」、平成元年一〇月一八日ころ原判示「ホテル日航福岡」客室において現金七〇〇〇万円の交付を受け(原判示第一の事実)、平成二年一月一九日ころ原判示「東京全日空ホテル」客室において現金一億六〇〇〇万円の交付を受け(同第二の事実)、同年六月六日ころ福岡市中央区《番地省略》甲野四〇五号の被告人方(以下「原判示被告人方」という。)において現金二五〇〇万円の交付を受けるとともに、原判示東京証券蒲田支店名義の当座預金口座に五〇〇万円を振り込ませ(同第三の事実)、以上合計二億六〇〇〇万円(以下「本件金員」という。)を騙取した旨判示しているが、被告人は、Bとの間において、FDREが発注する福岡ツインドーム建設工事(以下「ツインドーム工事」という。)に関し、元請会社をしてマルキ工業又は日本技研(以下「マルキ工業等」という。)を躯体四役の第一次下請業者(以下「躯体四役の頭」という。)に採用させるとの約束はしたものの、その際、Bが被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額でマルキ工業等に右工事を発注させるとの約束をしたことも、マルキ工業等が躯体四役の頭になることを被告人の上司であったFDREのC社長等が了承しているとの話をしたこともなく、本件は、被告人が福岡ツインドーム建設計画(以下「ツインドーム計画」という。)の実務面の責任者として事実上大きな影響力を有していたことに着目したBが、当時工事の受注もほとんどなく開店休業の状態にあったマルキ工業等の再建を図るため、被告人の事実上の影響力を利用してツインドーム工事においてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用してもらうことを企て、その見返りとして被告人に本件金員を交付したものの、その後の事情の変化により当初の目論見どおりの利益の確保や資金の手当が困難となって、その目的を達成することができなくなったにすぎないものであって、Bが本件金員を被告人に交付するに至った動機や経過に、被告人がBを欺罔したという事実も、Bが錯誤に陥ったという事実もないから、被告人に詐欺罪の成立を認めた原判決には事実の誤認がある、というのである。

2  そこで検討するに、原判決が認定、説示する「罪となるべき事実」及び「争点に対する判断」の内容に鑑みると、原判決は、Bの各検察官調書(原審検甲七一号ないし七八号、八〇号ないし八二号、八五号ないし九〇号、九二号、九三号・不同意部分を除く。)及び原審第三回ないし第六回、第八回公判での各証言(以下合わせて「Bの原審供述」という。)の信用性をほぼ全面的に肯認した上で、所論指摘のとおりの事実を認定し、被告人に詐欺罪の成立を認めていることが明らかである。そして、原判決は、被告人の欺罔行為の内容として、被告人が、Bに対し、真実はそのような事実がないのに虚構の事実を申し向けて、①ツインドーム工事を受注する元請会社(以下「元請会社」という。)をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることをFDREが了承している旨、しかも、②Bが被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額で工事を受注させることをFDREが了承している旨をそれぞれ装ったとするものであり、更に、③本件金員は、FDREがツインドーム計画を実施する際の地元対策等の裏工作資金に使用されるとの名目でBから被告人に交付されたと認定したものと理解される。

しかしながら、原審において取り調べた関係証拠及び当審の事実取調べの結果によれば、被告人が、Bに対し、①元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることを約束した事実を認めることはできるものの、右約束について上司の承諾を得ていることを装ったとの事実も、②Bが被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額で工事を受注させることを約束したとの事実も認めることはできず、これらの点に関連するBの原審供述及び当審第八回、第九回、第一一回公判での各証言(以下、合わせて「Bの供述」という。)、更にはこれに沿うDの各検察官調書(原審検甲一一四号ないし一二一号、一二三号・不同意部分を除く。)及び原審証言(以下、合わせて「Dの供述」という。)、Eの各検察官調書(原審検甲九四号ないし一〇五号、一〇七号、一〇八号、一一〇号ないし一一三号・不同意部分を除く。)、原審第三回証言及び当審第三回、第四回公判での各証言(以下、合わせて「Eの供述」という。)はいずれも信用し難いといわざるを得ない。また、③Bが被告人に交付した本件金具が地元対策等の裏工作資金として使用されるかどうかは、必ずしもBの関知するところではなく、その使途は被告人の裁量に委ねられていたと認められることからすれば、本件金員を裏工作資金として使用することが、被告人とBとの間において約束されていたとか、Bが被告人に本件金員を交付した決定的な動機になっていたとはいえず、この点をもって欺罔行為の内容とすることもできない。しかも、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させるとの約束は、被告人がツインドーム計画において有していた実務面における事実上の影響力に期待してなされたものであると認められる上、右約束がなされた当時被告人は、躯体四役に関する大手総合建設会社(以下「ゼネコン」という。)とその協力会社ないし名義人(以下「協力会社等」という。)との間の強い結び付きを必ずしも十分には認識していなかったこともあって、施主の立場にあるFDRE(以下「施主」という。)の推薦があればゼネコンの協力会社等ではなかったマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることもできると思っていたと考えられること、ところが、株式会社竹中工務店(以下「竹中工務店」という。)及び前田建設工業株式会社(以下「前田建設」という。)が建設共同企業体を設立してツインドーム計画の一環である開閉式ドーム球場の建設工事(以下「スポーツドーム工事」という。)を受注することが決定した後、被告人が、竹中工務店の実務面の責任者であったF九州支店総括事務所長等にマルキ工業等を躯体四役の頭に採用するよう強く働きかけたものの、結局、右約束の完全実施を求めるBの拒否的な態度もあってマルキ工業等がツインドーム工事に参加することができなくなったと認められることからすれば、被告人が、Bとの間で右約束をするに当たり、同人を欺罔する意思も、また欺罔した事実もなかったといわざるを得ず、更に、被告人以上に建設業界の実情に精通していたBが、被告人の言動によって欺罔されて錯誤に陥ったとの事実も認め難い。そうすると、本件公訴事実に従い、前述したとおり被告人に詐欺罪の成立を認めた原判決には事実の誤認があるといわざるを得ない。

3  以下、敷衍して説明する。

(一) 原審及び当審において取り調べた関係証拠によれば、次の各事実を認めることができ、これらの事実については基本的に争いがない。

(1)① 被告人は、昭和四五年四月株式会社ダイエー(以下「ダイエー」という。)に入社後主として新店舗開発や大型店舗改装の企画立案等の仕事に従事していたが、昭和六三年二月、ダイエーグループの開発部門を担当している株式会社ダイエー・リアル・エステートに出向し、同年三月には取締役兼商業施設開発統括部長に就任し、同年四月ないし五月ころからは、C社長の指示を受けてツインドーム計画のプランニングを担当するようになった。右計画は、福岡市中央区地行浜の埋立地に総工費二〇〇〇億円ないし二六〇〇億円をかけて開閉式ドーム球場(スポーツドーム)、屋内総合娯楽飲食物販売施設(ファンタジードーム)、ホテル等を建設するというものであり、同年一一月には同社商業施設開発統括部内に被告人を実務面の責任者とする同計画のプロジェクトが「課」の位置付けで置かれるとともに、同月二五日には、福岡市にその計画書を提出して地行浜の埋立地二〇ヘクタールの分譲を申し入れた。その後、同年一二月には桑原敬一福岡市長が右計画の受入れを表明するとともに、翌平成元年一月一一日には同計画のプロジェクトが正式の「課」として発足し、同計画の日程計画の進行管理や調整、収支計画の策定や立案、用地取得の折衝や契約締結等の事務を分掌し、被告人がこれらの事務を統括するようになった。

② 平成元年五月、株式会社ダイエー・リアル・エステートは、株式会社芝エステートに商号変更するとともに、同年九月一日、ツインドーム計画に関する事業や人員等は全て同社から株式会社ディー・アール・イーに移管され、以後同社において同計画の事業を承継することになった。その間、同年七月には、最終的に同計画の事業を承継する株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートが設立され、Cが代表取締役社長に、被告人が取締役にそれぞれ就任するとともに、同年八月には、建築家Gが代表取締役をしている株式会社アイ事務所に、同計画の建築総合プロデュース業務を委託する契約が締結された。更に、同年九月四日には、福岡市と株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートとの間において、同社が地行浜の埋立地一六・九ヘクタールを福岡市から代金三〇一億七四五〇万円余で買い受ける旨の契約が締結された。

③ 平成元年一一月株式会社ディー・アール・イーは、株式会社ダイエー・リアル・エステートに商号変更するとともに、福岡ツインドームプロジェクトを商業施設開発統括部から独立させて「部」に格上げし、その下に総務企画部、開発部、建設部の各専任チーム、スポーツドーム、熱源センター、ホテルの各運営チームを置き、被告人が右プロジェクトの部長を兼務して各チームを統括するようになった。同年一二月、株式会社アイ事務所による第一次マスタープランが出来上り、そのプランに基づいて将来の収支を試算したところ、その内容はスポーツドーム工事をはじめ極めて厳しいものであることが判明した。また、そのころ、被告人らは、第一次マスタープランの内容をHダイエー会長兼社長(以下「H会長」という。)に説明、報告したものの、その了解を得るまでには至らなかった。

④ 平成二年一月二二日から同年二月五日にかけて、福岡ツインドームプロジェクトのメンバーを中心に、スポーツドーム工事を発注する元請会社の選定手順等を検討する会議が開催されたが、その際、C社長は、同工事についてはローコストを最優先とし、工事の受注を希望しているゼネコンに対しては、スポーツドームが日本初の開閉式ドーム球場であることを強調して政策価格の提示を求める方針を表明した。

その後同年三月一日、ツインドーム計画に関する事業や人員等が全て株式会社ダイエー・リアル・エステートから株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートに移管され、以後同社において同計画の事業を承継することになり、被告人は同計画の実務面の責任者として取締役兼営業本部長に就任し、同年四月一日には、同社の社長がCからIに交替したのに伴って専務取締役に就任した。また、そのころ、被告人をはじめ福岡ツインドームプロジェクトのメンバーは住居を福岡市に移転させた。その間、同年三月二〇日には、ゼネコン一二社を対象に同計画の現場説明会が実施され、その後同年四月一六日に右ゼネコン一二社を対象にスポーツドーム工事の入札が行われ、更に同年六月二六日及び二七日の両日にわたって右ゼネコン一二社の本音を聴く第一回目のヒアリングが実施された。その後同工事を発注するゼネコンを一二社から四社に絞り込んだ上、同年七月一二日に右ゼネコン四社を対象にH会長等による第二回目のヒアリングが実施され、同月一四日、同会長が、スポーツドーム工事を竹中工務店七、前田建設三の割合による建設共同企業体に、工事代金の上限を四八〇億円として発注することを決定した。その後同月二〇日ころから被告人、竹中工務店のF所長、前田建設のJ福岡支店次長らが参加して基本合意書作成のためのすり合わせ作業を行い、同月二六日、「本工事に関し、設備工事、機器、資材等の下請け及びメーカーは甲(株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートを指す。)の承認を要するものとし、又行政当局よりの地元業者優先の要請等に基づき甲が指定することがあることを乙(竹中工務店を指す。)及び丙(前田建設を指す。)は予め了解する」ことなどを内容とする基本合意書が取り交わされた。

⑤ 同年九月一日、株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの社長がIからKに交替した。その後、同月一七日、後述するような経過から、B等と会談したK社長が、Bから被告人に多額の現金が渡されていることを知ることになり、被告人は、同月二六日付けで懲戒解雇された。

(2) 以上のように、ツインドーム計画の事業は、当初の株式会社ダイエー・リアル・エステートから株式会社ディー・アール・イーを経て株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートへと順次承継されてきたが、この間被告人は、事業承継に伴う手続の関係で一時取締役を辞任した時期があったとはいえ、一貫してFDREの実質的な取締役としてC、I及びKの各社長を補佐し、実務面の責任者として同計画を統括してきた。

ところで、被告人は、同計画の業務を遂行する過程において、同計画に伴う工事の下請け受注を希望して営業活動にくる業者の受付窓口としての仕事も担当しており、元請会社となるゼネコンに対し、このような下請業者を紹介ないし推薦する事実上の権限を有していたが、この紹介ないし推薦は、元請会社となるゼネコンを拘束するものではなく、その業者を下請けとして採用するかどうかの最終的な判断は元請会社となるゼネコンに委ねられていた。他方、元請会社となるゼネコンを拘束することになる下請業者指定の権限については、被告人はもちろん、FDREのC、I及びKの各社長にもなく、ダイエーグループの総帥であるH会長のみが有していた上、元請会社となるゼネコンに対する工事発注金額の決定権限についても同様であった。

(3)① Bは、福岡市に本社を置き、土木建築工事の設計、施工、管理、請負等を目的とする資本金五二三五万円のマルキ工業の代表取締役で、かつ、土木建築の設計、施工、管理を目的とする資本金五〇〇万円の日本技研の実質的な経営者でもあったが、昭和六三年秋ころ、新聞報道等により、ダイエーグループが地行浜の埋立地にツインドームの建設を計画し福岡市に右埋立地の分譲を申し入れたことを知り、地元での大プロジェクトとなるこの工事に下請業者として是非参加したいと考え、マルキ工業の取締役であった実弟のEとも相談した上、姻戚関係にあり、かねてより政治活動の支援等をしてきた神戸市議会議員Dがダイエーの労働組合出身であったことから、同人にツインドーム計画の担当者の紹介を依頼した。Dは、Bの申し出を受けて同計画の担当者を調査した結果、自己とダイエー入社同期で親交もあった被告人が同計画の実務面の責任者であることを確認し、被告人に連絡を取って、平成元年一月二四日、大阪市内の料亭「乙山」において被告人をB、Eに引き合わせた。その席でDは、被告人に対し、ツインドーム計画に伴う工事にマルキ工業を下請業者として参加させてくれるように頼み、被告人も、右計画についてはH会長からC社長と自分が任されており、実務面は同社長から自分が任されているので、「C社長にも報告せないかんけど、いいよ。」との答えをして、マルキ工業を下請業者として右工事に参加させることを了承した。その際Bは、マルキ工業の現状について、同社が躯体四役の仕事をしている会社であることのほか、グループ全体での年商が一〇〇億円位あるとか、福岡の業界では一、二であるとか相当誇張した話をした。他方、被告人も、Bらに、ツインドーム計画の状況等について説明した。

② その後、Bは、平成元年八月の新聞に、被告人がGと一緒に記者会見をしている写真と記事が載っているのを見て、同人にツインドーム計画の建築総合プロデュース業務が委託されたことを知るとともに、被告人は実務面の権限を有している偉い人で、C社長から同計画については任されているとの被告人の話は本当であると考え、再度Dに頼んで被告人と会う手筈を整えた。そして、同年九月一三日夕方博多東急ホテルのロビーで被告人と待ち合わせた上、Bが運転する自動車にDと被告人を乗せて原鶴温泉の旅館「丙川荘」に向かったが、その車中、Dが、被告人に「乙山」での話をC社長に聞いてくれたかどうかを確認した上で、マルキ工業をツインドーム工事の「躯体四役のチャンピオンにさせてくれへんか。」との話をしたところ、被告人も問題ない旨答えてDの申し出を了承する返事をした。その際、Bは、Dの問いかけに対し、一〇億円単位の金を提供することを考えている旨の話をし、またDも、C社長が右工事で一〇〇億円位の金を集めるのかなどと被告人に質問した。「丙川荘」には、被告人、B、Dのほか、E、マルキ工業のL管理部長、M工事部長らも別の自動車で同道していたが、宴会が始まるとBが被告人とD以外の者らを退席させた上、再びDが、被告人にマルキ工業を躯体四役の頭にしてくれるように頼み、被告人も、C社長から任されているから問題ないでしょうと答えてマルキ工業を躯体四役の頭にすることを約束した。その際、Bは、提供する金員として最大限一五億円を考えている旨の話をするとともに、マルキ工業が自ら材料持込みで工事を行う材工の方法で工事ができるようにして欲しいとの依頼をした。その後、Bが、Eらを宴席に呼び戻した上、被告人のお陰でツインドーム工事においてマルキ工業が躯体四役の頭として工事を受注できるようになったことを披露し、再び宴会が始まったが、その席上、被告人は、Dらの申し出を受けて、BをC社長に会わせること、マルキ工業を躯体四役の頭にするとの新聞発表を行うことを約束した。また、被告人とDとの間でゴルフの話が出た際、Bが、Dにゴルフ会員権を、被告人にハンドメイドのゴルフセットをそれぞれプレゼントすることを約束した。

③ 翌一四日、被告人、B、Dは、福岡市内のマルキ工業本社で会い、再度マルキ工業を躯体四役の頭にすることを確認した後、被告人のためにハンドメイドのゴルフセットを作るため、株式会社照山ゴルフの社長らが、被告人の身長や腕の長さ等を測定して行った。その後、被告人は、ゴルフのレッスンのために株式会社照山ゴルフを訪れた同年一〇月四日にBを呼び出し、Bの運転する自動車で福岡空港に送ってもらう途中、Bに対し、工事着工前に六億円の提供を求めた。その際、被告人はBに材工の具体的な内容についても質問した。

ところで、Bは、被告人との「丙川荘」での会談後、金融業等をしているN'ことNに会い、ツインドーム工事で躯体四役の頭をすることになった旨の話をして融資を依頼し、まず同月九日に二億円の融資を受けた。

同月一二日、被告人は、マルキ工業本社にBを訪ね、第一回目の金員授受の日時や金額等の予定を説明したが、その際、Bは、被告人に、Eが腹違いの弟であることを説明して、今後被告人との連絡にはEが当たることの了承を求め、被告人もこれを了承した。その後、被告人は、Eを介して、Bに第一回目の金員授受の具体的日時、場所等を連絡し、同月一八日、被告人が宿泊していた原判示「ホテル日航福岡」の客室を訪れたBから現金七〇〇〇万円を受領したが、その際、Bは、Eに命じて、被告人との会話内容をマイクロカセットテープに録音させた。また、この時Bは、他の業者との関係を考慮し、日本技研を躯体四役の頭に据え、マルキ工業もその下請けに入ることを被告人に説明したところ、被告人もこれを了承し、ゼネコンに配布するために日本技研のパンフレットを持参するように話した。

④ Bは、被告人に提供する金を作るため、Nにマルキ工業グループ所有のシー・エンゼルⅡを代金三億二〇〇〇万円で売却することにし、同月二五日その代金の一部として一億円を受領した。また、被告人の説明から平成二年春には事前調査等のためのスポーツドーム工事が始まると考え、L部長らに指示して、同工事でマルキ工業が直接担当する工事に必要な職人を集めさせ始めた。更に、平成元年一一月一日、Bは、Nから三億円の融資を受けた。

同月九日、福岡市内の料亭「丁原」で被告人、B、Eの三名が会談した際、被告人は、第二回目以後の金銭授受の予定日時と金額について、平成二年一月一九日に一億六〇〇〇万円、同年三月二三日に一億円、同年五月二五日に一億七〇〇〇万円、同年七月二〇日に一億円の提供を求める趣旨を記載したメモ紙(当庁平成五年押第二号の一四)をBに手渡した。この時の会談内容についても、前同様Eがマイクロカセットテープに録音した。

前述したとおり、同年一二月二一日ころ第一次マスタープランが出来上り、これに基づいて試算した結果スポーツドーム工事の予算は極めて厳しいことが判明した。被告人は、翌二二日ころ、ダイエー福岡オフィスセンターを訪ねて来たBに対し、スポーツドーム工事は激しい受注競争になり、ゼネコンが政策価格を出してくると考えられるから、余り利益は期待できないとの見通しを話した。また、被告人は、これ以前ゼネコンの担当者から躯体四役は専門化しているとの話を聞いていたことから、Bに、大工と鉄筋を一緒に束ねることができるのかとの質問をしたところ、Bは、マルキ工業では以前から躯体四役を一緒にしているので大丈夫であるとの返事をした。

平成二年一月九日、BとL部長が、東京都内にあるダイエー浜松町オフィスに被告人を訪ね、その後被告人の案内でその交際相手の女性が経営していたスナック「戊田」に行ったが、その際、Bは、被告人に一〇〇万円を入金したO名義の株式会社西日本銀行長尾支店の預金通帳(前同押号の一三)を手渡した。

同月一九日の数日前、被告人は、Bに第二回目の金員授受には知人を受け取りに行かせる旨の連絡をしたところ、これに不満を持ったBは、同月一八日に上京する途中神戸市に立ち寄り、Dに会って右金員授受に立ち会ってくれるように依頼した。ところが、Bは、同月一九日朝から高熱が出て原判示「東京全日空ホテル」一九一九号室で寝込んでしまったことから、第二回目の金員授受はDに頼むことにし、当日福岡から一億六〇〇〇万円を運んで来たEと一緒に被告人に会ってスポーツドーム工事の件等について確認した上で約束の金を被告人に渡してくれるように依頼した。その結果、DとEが被告人の待っている同ホテル一九一三号室に赴き、被告人に右一億六〇〇〇万円を交付した。この時の会話内容についても、前同様Eがマイクロカセットテープに録音した。

⑤ 同年二月一日ころ、Bは、かねてより、日本技研をゼネコンに紹介し周知徹底させるのに必要であると被告人から言われていた日本技研のパンフレットを被告人に交付した。また、Bは、同年三月九日被告人に手渡していたO名義の前記預金通帳に一〇〇万円を振り込んだ。

同月一三日、上京したBとEは、「銀座日航ホテル」のラウンジで被告人と会ったが、その際、被告人は、Bに、ゼネコンに対する現場説明会が遅れている状況のほか、株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの社長がCからIに交替すること、しかし、ツインドーム計画の実務面は引き続いて被告人が担当すること等を説明した。

第三回目の金員授受は同月二三日に予定されていたが、Bは、資金繰りがつかないことを理由に被告人への一億円の支払いを延期した。

⑥ Bは、スポーツドーム工事の現場説明会が同月二〇日に実施されたのに、ゼネコンから全く問い合わせがなかったことなどを不安に思ったことからDに相談し、被告人に話をしてもらうことにした。Dは、同年四月一九日、前記「丁原」で被告人と会い、Bがゼネコンから問い合わせのないことを不安に思っていることのほか、BをFDREの社長に挨拶させ、マルキ工業等を躯体四役の頭にするとの新聞発表をする旨の「丙川荘」での約束が実行されていないことに不満を持っているとの話をした。そこで、被告人は、遅れて「丁原」に来たBに対し、I社長に会わせること、マルキ工業等を躯体四役の頭にするとの新聞発表をすることを改めて約束した。その後、被告人は、同月二四日BをI社長に引き会わせるとともに、同年五月一〇日及び一一日各発行の日本経済新聞に、福岡ダイエー・リアル・エステートがスポーツドーム工事の第一次下請業者を決定し、日本技研を「工事人の手配」の取りまとめ窓口にする旨の記事(前同押号の二二はそのコピー)を掲載させた。

なお、Bは、Nから借り入れていた五億円のうち、二億円を同年四月九日に、三億円を同年五月七日にNに返済した。

右新聞発表後、被告人は、Bに対し、Eを介して何度も約束の第三回目の金員の提供を要求したが、Bはこれに応じなかった。しかし、最終的には、三〇〇〇万円を被告人に渡すことになり、同年六月六日、Eが金策して三〇〇〇万円を作り、被告人の指示により、株式会社西日本銀行大牟田支店からPの名義で五〇〇万円を株式会社富士銀行蒲田支店に開設されていた東京証券蒲田支店名義の口座に振り込んだ上、福岡市内の原判示被告人方において二五〇〇万円を被告人に交付した。この時の会話内容についても、前同様Eがマイクロカセットテープに録音した。

⑦ 同月一四日、被告人がBとEを株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの事務所に呼び出し、約束通り金員の提供を求めたところ、Bは、ゼネコンから問い合わせがないことや利益の確保等についてオーナーが不安がっているので予算措置をとってもらわないと説得できないなどと説明した。この時の会話内容についても、前同様Eがマイクロカセットテープに録音した。

同月二二日、Bは、Dを訪ねて被告人との交渉経過を説明し、善後策を相談した結果、被告人の上司であったC社長宛に手紙を出すことにし、前述した第一回目のヒアリングが終わるのを待って、同月二八日付けでC社長宛に日本技研名義の手紙(前同押号の二一と同文のもの)を出した。その内容は、被告人を通じて、ツインドーム工事に関し、「1.躯体工事(大工、鉄筋、鳶、土工の4役)を材工にて弊社に一手に任せる。2.ご用立てした資金は、別枠上積みにて返す。(別途税対策分を含む)3.工事単価における適正利益の確保」との約束の下に数億の資金協力をしてきたが、「現在では『別枠予算はない、工事金の中で回収せよ』『ゼネコンに単価指示はできない』と言葉が変わって」きているため、「不安の気持ちで一杯」であり、C社長の尽力を期待するという趣旨のものであった。本件手紙を受け取ったCは、直ちに被告人に連絡を取って、日本技研とよく交渉して決着をつけるように指示した。そこで、被告人は、同年七月三日Bを原判示被告人方に呼び出し、C社長宛に手紙を出した経緯等についてBと話し合った。この時の会話内容についても、前同様Eがマイクロカセットテープに録音した。

他方、かねてよりコンクリートパイルの製造販売業をしている東洋高圧株式会社が、スポーツドーム工事への参加を希望してBに施主への仲介を依頼していたことから、Bは、同月初めころ、同社のQ専務に対し、スポーツドーム工事における杭工事を束ねる気持ちがあるかどうかを打診するとともに、同月一〇日被告人に会って資金回収の話をした際、建設現場での杭工事は鳶の一種に入るので、杭工事も日本技研の下でやらせてくれるように頼んだ。この時の会話内容についても、前同様Eがマイクロカセットテープに録音した。また、Bは、同月一六日Qらを被告人に引き合わせたが、その際、被告人は、杭工事のことは東洋高圧株式会社に任せる旨明言した。その後Q専務らは、スポーツドーム工事における杭工事をまとめ役として受注できるものと考え、同月二三日Bを訪ねて一億円を渡した。また、Bは、翌二四日に被告人に会い、右金員の中から二〇〇〇万円を交付した。被告人は、翌二五日、コンクリートパイル業者を株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの事務所に集めた上で、東洋高圧株式会社を杭工事のまとめ役に推薦すると発表した。

被告人は、スポーツドーム工事を竹中工務店と前田建設の建設共同企業体に発注することが決まり、竹中工務店の実務面の責任者であるF所長らと基本合意書作成のためのすり合わせ作業をしていた最中も、同所長らに下請業者を推薦するとの話をしていたが、同年八月七日、改めて同所長に対し、数十社の名前を上げて下請業者を推薦した。その際、被告人は、日本技研等数社については特に詳しく説明した上で、日本技研を躯体四役の頭に採用するように申し入れた。しかし、その一、二日後に被告人を訪ねて来たF所長は、躯体四役の頭には竹中工務店の協力会社である「竹和会」のメンバーを使うことにしているので日本技研を躯体四役の頭に採用することはできないと断わってきたので、一度Bと会ってくれるように頼んだ。そこで、F所長は、日本技研に対する信用調査を実施した上で、同月二五日ころ、Bを竹中工務店九州支店に呼び出し、日本技研の現状等について事情を聴いたが、最終的には日本技研を躯体四役の頭に採用することはできない旨の話をした。その後Bからこの話を聞いた被告人は、再度F所長に対し、施主の指示だと思って再検討するようにとの申入れをする一方、前田建設のR専務に電話を掛けて日本技研を躯体四役の頭に採用してくれるように働きかけた。また同年九月一四日には、F所長を竹中工務店九州支店に訪ね、日本技研を躯体四役の頭に採用することについて「あなたが駄目ならもっと上の人に話をしてもいい。」とそれまでにない強い態度で要求した。その際、同所長は、日本技研をスポーツドーム工事のうちの四分の一工区の躯体四役の頭にするとか、同社に付属物等の外構工事を発注するとの可能性を示唆した。その後、同所長は、同月一七日、再度Bを竹中工務店九州支店に呼び出した上、一工区を受け持つ可能性について打診したものの、Bは、一工区だけでは他の業者が下請けを受けないと考えてF所長の話を断わった。

その帰途、Bは、S専務を介して被告人に文句を言い、更に日本技研の事務所を訪ねてきた被告人に対し、株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートのK社長に会わせてくれるように要求し、同日夜、ホテルセントラーザにおいて、被告人、Sと一緒にK社長に会った。その席で、Bは、K社長にそれまでの経過を説明して被告人との約束の実行を迫ったが、K社長は、H会長に相談して返事すると答えて別れた。その後、被告人は、同月二六日付けで懲戒解雇された。

(二) そこで、まず、被告人とBとの間において、Bが被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額でマルキ工業等に工事を発注させるとの約束があったかどうかの点について検討する。

(1) 右約束の点に関しては、その存在を主張するBの供述のほか、これに沿うDの供述及びEの供述がある一方、これを否定する被告人の原審及び当審供述(以下、併せて「被告人の供述」という。)がある。この点に関するBの供述の概要は、ほぼ次のとおりである。

① 平成元年一月二四日の「乙山」での会談で被告人の話を聞いて、被告人から暗に、ツインドーム計画に伴う地元対策等の裏工作資金として使用される裏金を要求されていると思った。その後同年八月、被告人がGと一緒に記者会見をしている新聞記事を見て、「乙山」での要求がまだ続いているなら、被告人に裏金を提供してツインドーム工事においてマルキ工業を躯体四役の頭に採用してもらいたいと考えた。その際、会社の資産等を計算して最大限一五億円は作れると考えたが、その回収方法については、数量増しと単価アップの方法のほか、型枠材、鉄筋材、土留材について材工で工事をさせてもらうことや、工事の一部をマルキ工業が直接担当すること、第二次下請業者に出す工事については手数料をもらうことを考えた。特に、元請会社に対しては、マルキ工業が出す見積を叩かないでそのまま通してもらうよう、施主において予算措置をしてもらう必要があると考えた。躯体四役の工事高は全体で一〇〇〇億円位として約一〇〇億円の粗利を見込むことができ、被告人に提供する金員の回収金額約三〇億円を差し引いても、二〇ないし三〇億円の純利益が出ると思ったが、その保障を求めるために被告人に予算措置をお願いすることにした。

② 同年九月一三日被告人と落ち合う前、マルキ工業本社でDと打合せをした。その際、Dに、「乙山」での話が続いているなら、裏金を提供して躯体四役の頭の仕事を取りたいと話した。裏金の回収については、マルキ工業が提示する見積を元請会社から叩かれないように予算措置を取ってもらえば、大体七パーセントから一五パーセント位の粗利を見込むことができ、回収できると説明し、Dに裏金の話がまだ続いているかどうかを被告人に確認してくれるように頼んだ。

「丙川荘」での宴席で被告人、Dと三人だけになった時、マルキ工業を躯体四役の頭に採用してもらうことと最大限一五億円を提供することを被告人に予解してもらった。その後、提供する裏金の回収方法について、マルキ工業が元請会社から工事の一部を材工で受注するほか、マルキ工業が提示する見積を元請会社から叩かれないように、施主の方で元請会社の請負金額に上乗せをして、元請会社が当初の利益を確保できるようにする予算措置を頼み、「本部長の方で予算措置が取れれば、私どもでは回収についてはさほど苦労せずにできると思います。粗利としては大体一〇パーセント程度を見込んでます。ゼネコンから叩かれますと、回収が非常に危うくなってきますので、その辺を一番心配しています。ゼネコンに対してはひとつしっかり予算措置をお願い致します。通常ゼネコンさんが持つ「材料を私どもが今回、特殊なケースで持つということになりましたら抵抗があると思いますが、その辺はひとつ宜しくお施主さんの方で力添えをお願いします。」と話したところ、被告人は、「要は、この躯体四役の頭として束ねて、我々のバックで予算が取れればいいんですね。やりましょう。いいです。ダイエーグループの一員を殺すわけにはいかんでしょう。」と言って承諾してくれた。

③ 同年一〇月四日被告人を自動車で福岡空港に送る途中、施主の方から元請会社に対する予算措置のことについて念押しをしたところ、被告人から、「C社長もこの件については納得されているし、実際私がまとめてるんだから私どものバックで予算が取れるようにきちっと指示徹底してあげるから心配するな。」と言われた。

また、同月一二日に被告人がマルキ工業本社を訪ねてきた時、第一回目の金員を提供する時期が近づいていたことから、被告人から最後の確約を取っておこうと考え、ノート用紙に「ダイエー、ゼネコン、マルキ工業、名義人の関係図」を書いて元請会社に対する予算措置や工事の進め方、組織の作り方等について具体的に説明した上、施主の方から元請会社に対してきちっと予算措置の指示がなされないとどのような影響があり、提供する金員の回収がどのようになるかという話をした。その上で、マルキ工業が躯体四役の頭になり工事の一部を直接担当すること、マルキ工業の下に付く業者の選定を任せてもらうこと、裏金の回収方法としては、右業者から一部手数料的なものをもらうほか、工事の一部を材工で受注すること、マルキ工業の提出する見積を元請会社が叩かないように施主の方で予算措置をすることを改めて求めるとともに、元請会社が決まる前にゼネコンにその指示をして欲しいと頼んだ。すると、被告人は、「現場説明会の時にびしっとゼネコン各社を集めて説明する。」「自分がC社長に事実上任されているので、そういう面についてはC社長の了解も取り付けているから何も問題ないし、心配ない。」「最終的には施主側がゼネコンに発注する時に発注条件としてこれを出しますので、その辺は何も心配ないです。後はあなたの方でやりやすい方法、好きな方法で絵を書いて下さい。」と言って確約してくれた。

④ 同年一二月二二日、ダイエー福岡オフィスセンターに被告人を訪ねた時、被告人から、スポーツドーム工事が先に着工するかもしれないとの話があり、更に、スポーツドームについては日本初の開閉式ドーム球場なので、ゼネコンが採算を度外視して政策価格を出してくるから、思ったほど利益が出ないかも分からないとの話が出た。しかし、裏金の回収については、各工事における工事量に従って平均して行いたいと考えていたので、「我々は我々の見積でいきたいと思います。」「スポーツドームでもその分だけの回収はしたいと思っています。」「私どもに対する見積については施主の方で予算措置をしていただいて、回収できる通常利益も含んだ単価をゼネコンからいただけるようにお力添えをお願いします。」と説明したところ、被告人もこれを了解してくれた。

第二回目の金員授受の前日である平成二年一月一八日にDを訪ねて、翌日の金員授受の立会いを依頼したが、その際、被告人からスポーツドーム工事では思ったほど利益が出ないと言われていることを説明し、裏金の回収がきちっとできるように被告人に話をしてくれるように頼んだ。ところが、翌一九日朝高熱が出て自ら被告人に約束の金員を渡すことができなくなったので、Dに代理を頼むことにしたが、マルキ工業等が躯体四役の頭になり、適正利益も含めた回収が図れるように施主として元請会社の決定前に予算措置をするとの被告人との約束が一つでも崩れたら、金を渡す前に確認をしてくれるように話して、Eと一緒に被告人のいる部屋に行ってもらった。その後、戻ってきたDは「不十分だけどちゃんと言うことは言ったよ。」と言っていた。

⑤ 同年二月一日ころ、被告人に日本技研のパンフレットを渡したのに、ゼネコンから全く問い合わせがなかったことのほか、被告人が、「丙川荘」で約束したC社長への挨拶や日本技研を躯体四役の頭にするとの新聞発表について実行してくれないことから不安になり、第三回目の金員の提供を延期し、Dに頼んで同年四月一九日「丁原」で被告人に話をしてもらった。その結果「丙川荘」での約束は一応実行されたものの、依然としてゼネコンからの問い合わせがなかったので、不安は解消しなかった。しかし、同年六月五日、Eを介して被告人から、仕事をやる気があるのかと強く言われたことや、明日福岡市の職員に金を渡さないといけないからどうしても作ってくれと言われたことからEと相談し、被告人が要求していた三〇〇〇万円を被告人に渡すことにした。

⑥ 同月一四日、株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの事務所で被告人と会った時、被告人はスケジュール通りに金員を渡して欲しいと言っていたが、オーナーが不安がっているので早くゼネコンから連絡がくるようにして欲しいなどと要求した。ところが、同月二〇日ころ、Eを介して被告人から、ゼネコンに対して予算措置の指示はできないとの話があり、更にEから、同月六日に被告人に渡した三〇〇〇万円のうち五〇〇万円が証券会社に振り込まれていることを聞き、被告人に騙されたのではないかと思った。それで、同月二二日、海外から帰国したDに相談して、同月二八日付けでC社長宛に手紙を出したが、同年七月三日被告人から呼び出されただけで、C社長からは何の問い合わせもなかった。

(2) これに対して、被告人の供述の概要は、ほぼ次のとおりである。

① 平成元年一月二四日の「乙山」での会談で、Bに裏金を要求するつもりはなかったし、裏金を要求する話をしたこともない。

② 同年九月一三日の「丙川荘」での宴席で、B、Dと三人だけになった時、Dからマルキ工業を躯体四役の頭にして欲しいとの話があって承知すると、Bから最大限一五億円を提供する用意をしているとの話があったので、「そんな金、損したら仕事は続かんよ。」と言った。すると、Bは、「ツインドーム工事が全体で約二六〇〇億円になると、躯体四役の工事量は建築工事の約四〇パーセントぐらいになる。その中で通常七パーセントから一五パーセントの粗利益が見込めるので、利益を含めて出したお金も十分回収できる。」と説明した。この時、Bから一部材工でやらして欲しいとの話は出たが、適正利益を保証するとか、予算措置を講じるという話は全く出なかった。かえって、地元企業であっても、優先はしても優遇はしないことになっているから、「高かったら仕事は取れませんよ。」と説明した。

③ 同年一〇月四日、Bから福岡空港まで自動車で送ってもらう時も、同月一二日にマルキ工業本社を訪ねた時も、Bから予算措置についての話をされたことはない。

同月一八日の第一回目の金員授受の時、Bから初めて回収という言葉が具体的に出てきて、その方法について指示を求められた。回収の問題は元々業者が自分の努力ですべきものと思っていたが、七〇〇〇万円を受け取った直後でもあったので、回収についてもできる範囲で協力してあげようという気持ちだった。

④ 同年一二月二二日、ダイエー福岡オフィスセンターを訪ねてきたBに、スポーツドーム工事は激しい受注競争になり、政策価格が出ると思われる旨の話をしたが、その時Bが、予算措置の話をしたことはない。

平成二年一月一九日の第二回目の金員授受の時、Dからスポーツドーム工事の話が出たので、スポーツドーム工事についてはゼネコンから大変な政策価格が出るかもしれないが、労務事情からすれば、ゼネコンが下請業者を無茶苦茶叩くこともないだろうから、躯体四役の頭ならば孫請業者をやりくりすることでトントンの利益は出せる可能性があると説明した。

⑤ 同年三月二三日に予定していた第三回目の金員授受については、その前日Eから、資金繰りの関係で一週間延ばして欲しいとの電話連絡があり、その後も資金繰りができないから延ばしてくれとの電話があって延び延びになった。同年四月初めころは、Bとの連絡が取れない状態で、Eから、「資金繰りのこともあるけど、金庫の鍵はオーナーが握っていて、実はオーナーが『うん』と言わないと金が出ない。そのオーナーが三月、四月になって何の話も具体的に進んでいないということで不安がって金庫を開けてくれない。」との話があった。その後同月一九日「丁原」でDと会った際、「B'社長が、二月にパンフレットを渡したのにゼネコンから引合いがないし、原鶴の『丙川荘』で約束してくれた社長への挨拶や新聞発表についてもやってもらってないと非常に不安に思っている。」との話があったので、その後BをI社長に引き会わせたり、新聞発表をしたりしたが、同年五月末になってもBは、第三回目の金員授受の約束を実行してくれなかった。他方、同年六月初めには株の信用取引の清算期が来るので、Eに対して「どうなっているんや、約束したようにきちんと実行しなさい。もしそれができないなら、できないで、早めに返事をくれないとこっちにも都合がある。」と言ったところ、Eから、幾らだったらいいのかの打診があり、「とりあえず三〇〇〇万円もあればいいよ。」との話をした。この時、「福岡市の職員に金を渡さないといけないからどうしても作ってくれ。」とは言っていない。同月六日、Eから金を受け取った時、今後のことをはっきりしようということでBと会えるように連絡を取ってくれと頼んだ。

⑥ 同月一四日久しぶりにBと会った。Bは、「オーナーがとても心配して分かってもらえない。一生懸命オーナーに説明するが、約束どおりのスケジュールで物事が運んでいないじゃないかと言われて、全く説得できない状況だ。」などと言っていた。この時、初めてBから予算措置という言葉が出て、「オーナーを説得するために予算措置をしてもらわないと説得できない。」と言われた。これに対しては、「このくらいスケジュール的に多少遅れているのは当り前のことなんだし、どんなに遅れても平成二年の秋には着工状態に入らないと平成五年のオープンができないから、遅れる遅れるいうても、秋には着工状態に入るんだから心配しないように説得してくれ。」との話をした。また、対ゼネコンの問題については、「ゼネコンが決定してからでないと話ができない。」と説明したが、Bからは約束が違うとの話はなかった。

同月末ころ、C社長から電話があって、日本技研からC社長宛に手紙が行っていることを知った。その内容を読んでもらい、日本技研はDから紹介を受けた業者で、手紙に書いてあるような事実はなく、交渉して決着をつけると返事した。翌日上京した時にC社長に会って手紙を受け取ったが、このような手紙を出す業者とは手を切るように注意された。そこで、すぐにEに電話を入れてBに会いたいとの話をし、同年七月三日BとEが原判示被告人方に来た。手紙について、Bは、オーナーが勝手に出したもので自分は知らなかったと説明していた。そこで、最初から遡ってお互いの話を明確に確認することにし、「最初の約束は四役のまとめ役にすることだった。で、ここへきてスポーツドームの入札などでゼネコンが安く発注すると思われるので、利益が出しにくいということでオーナーが不安がっていると。そうであれば、今まで受け取ったお金を返して清算しようじゃないか。仕事は仕事できちっとやってもらうから、もしお礼をくれるんだったら出来高払いで構わんじゃないか。それでオーナーの不安がなくなるんだったら、そうしよう。」との話をした。

(3) ところで、Bの供述だけをみれば、その内容は具体的かつ詳細であるだけでなく、ほぼ一貫しており、必ずしもその信用性に疑いを差し挟むべき事情も窺われない。しかしながら、関係証拠によれば、Bは、もともとゼネコンの協力会社等ではなかったマルキ工業等が、正規の手段によってはスポーツドーム工事において躯体四役の頭となる見込みがなかったことから、被告人に巨額の金員を交付して取り入り、いわば裏工作によって躯体四役の頭になろうと画策していただけでなく、その目的が達成できなくなった以後は、被告人の抱込みを図るとともに、虚構の事実をも織り混ぜてダイエー側の担当者と交渉し、多額の解決金を引き出そうとしたものであって、その一連の行動には問題があったといわざるを得ないこと、また、自己の要求が最終的にダイエー側から拒絶されるや巨額の損害賠償を求めて福岡地方裁判所に訴えを提起し、現在でも民事訴訟が続けられていて、本件の帰趨に多大の利害関係を有していることからすれば、Bの供述の一般的信用性をそれほど高くみることはできない。次に、Eは、Bの腹違いの弟で、これまで長年にわたりBの片腕として、あるいはその忠実なる部下として、マルキ工業等で重要な仕事をしてきた者であること、またDも、神戸市議会議員であるとはいえ、Bとは姻戚関係にあるほか、これまでその政治活動についてBから積極的な財政的支援を受けてきていたこと、「丙川荘」での会談では、マルキ工業がツインドーム工事において躯体四役の頭になればBから五億円の援助を受ける約束を得ていたこと、本件金員の授受に関しても一貫してBの側に立って行動してきていたことからすると、Eの供述やDの供述が、Bの供述を裏付けているからといって、これら各供述の信用性が高いともいえない。

他方、被告人の供述自体も、具体的かつ詳細である上、ほぼ一貫しているものの、前述したように、Bの供述と真っ向から対立している上、これを裏付ける第三者の供述も存在しないことを考えると、被告人の供述の一般的信用性にも疑問が残るといわざるを得ない。

このように本件においては、相対立する二つの供述が存在する一方、他に、被告人とBとの間でなされた約束の内容を直接証明する利害関係のない第三者の供述は存在しないが、Bは、Eに命じて、被告人と交渉した際の会談内容等を秘かにマイクロカセットテープに録音しており、その原本ないしダビングしたものが証拠として提出されているので、Bの供述や被告人の供述の信用性を判断するに当たっては、これらの録音テープ(前同押号の一ないし九、二五ないし三五、以下「本件テープ」という。)の内容を子細に検討することが、必要かつ重要であると考えられる。

ところで、弁護人は、当審弁論において、本件テープの証拠能力に関し、一般に録音テープが証拠能力を有するためには、原供述を正確に録音し保存されていることが不可欠であるところ、本件テープは、被告人との会談内容等を録音した後、被告人の欺罔行為の有無の判断を左右する重要な部分について編集が加えられたものであるから、被告人を有罪とするための事実認定の証拠として使用することはできない旨主張する。なるほど、今野宏の当審第一二回、第一三回公判での各証言及び同人作成の鑑定書(当審弁一〇六号ないし一〇八号、以下、併せて「今野鑑定」という。)によれば、磁性体の専門家である同人は、オシロスコープを利用して、本件テープのうち六本のマイクロカセットテープ(前同押号の一、二、四ないし六、九)中にある会話の空白箇所について、右各テープに録音されている音声信号をオシログラフに描き出し、それを分析するとともに録音機のオン・オフ操作等による場合のそれと比較検討するなどして鑑定を実施したことが認められ、その結果、同人が鑑定した六本のマイクロカセットテープのうち四本(前同押号の一、四、五、九)には、録音現場における録音機の操作によるとは考えられない不自然な中断箇所が一〇箇所あること、また、うち二本のマイクロカセットテープ(前同押号の六、九)の録音レベルは他のテープのそれと比較して著しく低い上、一本のテープの途中で急に録音レベルが変動しているものもあり、これらのテープが同一の録音機によって録音されたと考えるには疑問があることが明らかにされている(なお、この点に関し、検察官は、当審弁論において、今野鑑定には、Eが被告人との会談内容等を録音するのに使用した録音機の構造、性能を検証していないという欠陥があることを指摘して、その信用性には疑問がある旨主張するが、同鑑定によれば、マイクロカセットコーダの基本的な規格や構造、機能は概ね同じであるというのであるから、検察官の右指摘を考慮しても、同鑑定が指摘する疑問を看過することはできないといわざるを得ない。)。このような事情に加え、Eは、原審及び当審公判廷において、被告人との会談内容等を録音する時には電気店から購入してきた状態のオリジナルのテープを使用し、裁判所に提出しているマイクロカセットテープはいずれもその原本である旨供述しているものの、平成元年一一月九日の「丁原」での被告人との会談内容を録音したテープ(前同号の二)のB面には、男性二人と女性一人がハングル語で会話をしている状況が録音されていること、B及びEが本件テープを保管していた状況やダビングした状況について述べる内容には看過し難い不一致や変遷があって、必ずしも納得できるものではないことをも併せ考えると、被告人との会談内容等を録音したオリジナルのテープであろとして裁判所に提出されているマイクロカセットテープは、オリジナルテープからダビングされたテープではないかとの疑いが残る上、ダビングする際に何らかの方法によって編集された可能性も否定し難いといわざるを得ない。

しかしながら、仮に、裁判所に提出されているマイクロカセットテープが、被告人等との会談内容を録音したオリジナルテープではなく、それからダビングされたものであったとしても、実際にオリジナルテープが存在したこと自体は間違いないこと、しかも、被告人の当審供述によれば、それぞれのテープに録音されている内容は実際にB等と会談した時のものであり、別の日の会議内容が組み込まれたりしている状況にはないというのであるから、仮に、マイクロカセットテープが編集されていたとしても、それはBにとって不利益な内容が消去されているにすぎないと考えられる。このような事情に照らして考えると、本件テープを検討する際には、Bによってその一部が消去されている可能性について十分配慮する必要があるとはいえ、本件テープに録音されている内容自体は、被告人とB等との会談時の状況等をそのまま再現するものであるから、本件テープには、非供述証拠としての証拠能力を認めることができるというべきであって、所論に賛同することはできない。

(4) そこで以下、本件テープの中で、被告人とBとの間において、Bが被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額でマルキ工業等に工事を発注させるとの約束があったかどうかを検討する上で問題となる箇所について検討する。

① まず、被告人とBとの会談内容を録音した最初のテープは、Bが被告人に第一回目の金員を交付した平成元年一〇月一八日の原判示「ホテル日航福岡」での会話に関するものであり、その内容は、それ以前に被告人とBとの間でどのような約束がなされていたのかを推認する上で重要性が高いと考えられる。

押収してあるマイクロカセットテープ(前同押号の一、以下「一〇月一八日のテープ」という。)及びその判読書である検察事務官作成の捜査報告書(当審検一三号)によれば、右テープには次のような会話が録音されている。すなわち、Bは、被告人に第一回目の金員として七〇〇〇万円を渡した後、「それで、本部長……大変あの、ぶしつけで申し訳ないんですけど、ま、あの、今後、……本部長のご命令どおりに私どもとしては、……きちっとお金を納めたいと思いますけれども、一応、ま、私、何事も最初にお聞きしとかなければいけなかったことですけども、この先のですね、……どういう絵を……書きまして、どういうふうに、……我々としては回収していくかという問題が残るんですけど」「まだ、一回も本部長から。私もまた、……そう急ぐ問題じゃございませんけど、一応お聞きしておかないと、私の腹積りもありますもんですから」と話を切り出し、これに対し、被告人は「逆にね、どういう方法で、ま、回収していくか、その方法についてはね、もう、社長の方で一番良いように考えてくれて、それを逆にこっちへ言うて下さい。言うてもろうたように我々しますから。やりやすいようにしましょう」と答えている(右報告書三頁ないし四頁)。これに対して、Bは、「私どもとしましては……、本部長の方に後々ご迷惑がかからないような形で……、今までの、ちょっと例を、……よくゼネコンから言われるもんですから、ま、これだけの額は今までなかったんですけども、ま、……私ども、大体……契約が終わりました時には、その分はその分として、大体今までは別途で、あの、ま、……数量増しとか……あの、プラスして頂きまして、後は勝手にやんなさいと、ま、こういう形が今までの」とか、「私どもとしては、ま、十何億のお金というのは考えておるわけですけども、となりますと、最終的には、ある程度、……まさか裏を裏で返してもらう、これはいけません」「もんですから、私としては、ま、あの、工事の中からですね消化していくのが、ま、一番安全な方法じゃなかろうかと」「……思います。私もいろいろ今後とも、ま、本部長のご指示に従いまして、ま、将来性の展望もあるもんですから、その辺で本部長の障りにならないような方法で回収していきたいと思います……」と説明し、被告人はただ合槌を打って聞いている(右報告書四頁ないし五頁)。その後、被告人が、「社長のとこの仕事についてね、仕事の性格上は、これ、通常ゼネコン経由での発注になりますね」「それ以外ではないですな。ただ、……うちが独自に、……分離の形とれるとしたら、いわゆる本業の鉄筋、鳶、型枠じゃなしに」「石の方になるね」との話を出したが、Bから、ツインドーム工事で使用する石の量には限りがあるし、その単価も自ずから決っていて、余り不自然な単価を出すわけにはいかない旨の話があって、結局、石の方はプラスアルファ程度に考えていて、本業の躯体工事の中で回収するしかないとの話に落ち着いている(右報告書六頁ないし一二頁)。

この一〇月一八日のテープの会話内容、ことにBが話を切り出し時の言葉使いからすれば、被告人に提供する金員の回収の話はこの時初めて出たのではないかと疑われる。しかも、Bは、被告人から、マルキ工業グループに属する会社から石を納入することによって回収を図る話が出た時にも、「私ども、ちょっと、……本部長にいろいろお聞きするのは僭越なもんですから、いろいろお聞きしなかったんですけども、ま、……今後私としても一応一五億の金はきちっと揃えて本部長のご要望にお応えしなきゃいけないと思っていますし、それについては、後々、余り不自然な回収の仕方では」「……駄目ですから」(右報告書九頁ないし一〇頁)との発言をしていること、右テープは、Bが、被告人に大金を渡すものの領収証をもらうことができないため、領収証代わりにEに命じて録音させたものであって、Bとしては、当然被告人との会談内容が録音されていることを知っていたのに対し、被告人はそのことを知らないで話をしていたことをも併せ考えると、なお一層、この時初めてBから回収の話が出たのではないかとの疑問が大きい。この点をしばらく措くとしても、Bは、原審及び当審公判廷において、被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するためには、一部材工で工事を受注するほか、マルキ工業等が提示する見積を元請会社に叩かれないようにするため施主の方で請負金額に上乗せをする予算措置を講じてもらう必要があったことを強調し、その話は同年九月一三日の「丙川荘」での会談の折だけでなく、同年一〇月四日に被告人を自動車で福岡空港に送る時の車中でも被告人に伝え、更には同月一二日にはマルキ工業本社でノート用紙に関係図まで書いて詳しく説明して最後の確約を取ったと供述していることからすれば、一〇月一八日のテープの会話の中に、マルキ工業等が躯体四役の仕事を一部材工で受注するとか、右工事の一部を直接行い、他の部分を孫請けに出して手数料をもらうとか、マルキ工業等でも適正な利益は確保したいとかの話が出ていることを考えても、Bがそれ以前に被告人と約束したと供述している内容と比べると、右テープの内容は、余りにも空疎というほかなく、Bの供述にそぐわないといわざるを得ない。

この点に関して、Bは、「何事も最初にお聞きしとかなければいけなかったことですけども……」とか、「本部長にいろいろお聞きするのは僭越なもんですから、いろいろお聞きしなかったんですけども……」という言葉は、施主にへりくだった言い方であり、この時の話の趣旨は、それまで被告人から細かな指示を受けていなかったので、ツインドーム計画における予算配分等の中でどのように回収を図っていくかについて被告人に細かな指示を求めたものである旨供述している。確かに、当時被告人は、ツインドーム計画における実務面の責任者であって、一下請業者にすぎないBとしては、被告人に遠慮したものの言い方しかできなかったことは十分窺えるものの、一〇月一八日のテープの会話の中にも、材工に関して、「この前も、ちらっとあの車の中で、本部長に、あの、材工という言葉を出したのは……」(右報告書七頁)との話が録音されていることからみても、それ以前に被告人から約束してもらった内容について、Bが、ことさらそれが初めての話であるかのような言葉使いをしなければならなかったとは考え難い。また、一〇月一八日のテープが録音された当時は、第一次マスタープランの作成をGに依頼していた時期であって、ツインドーム計画の全容さえ明らかになっていなかったのであるから、もしBのいうような趣旨で提供する金員の回収等の話をするのであれば、最初に同計画の進捗状況についての話題を持ち出すのが自然であると考えられること、また、右テープの会話の中で、被告人から、同計画の進捗状況について「G先生の方から第一回のプランの発表をしてもらいますんで、そのプランが出るっちゅうことは、ようやく、そこからゼネコンが本格的になりますから」とか、「当初のシナリオとちょっと変わったのは、要は、球場よりもさきにオフィスとホテルを着工さします」(いずれも右報告書二五頁)との話が出た時も、Bにおいて予算配分等がどのようになっているのかについて聞いていないこと、更に、右テープに録音されている会話内容を検討しても、Bがいうような細かな話が出ていたとは理解し難いことをも併せ考えると、Bの右供述は納得し得るものではない。

また、Bは、被告人が「ゼネコンは僕の方で入るから、その入る時にね、マルキさんの分、マルキさんが仕切る全体の分やね、グロスやね、型枠、鳶、鉄筋についてはこんだけと、また、そんだけの分について彼らの見積から、要はうちの方が、極端な話、お前んとこの見積った分抜けと、俺の分はこんだけやという位のところまで入らなしょうがないな」(右報告書一三頁)と話しているのは、ゼネコンが躯体四役について協力会社等の積算を基に見積った分を抜いて、マルキ工業等の見積を入れ込むまで徹底介入するしかないという趣旨であって、正に予算措置の約束のことを言ったものである旨供述する。他方、被告人は、この点について、Bから、ゼネコンには下請業者が逆らえないような強い力があり、見積額を叩かれたら報告人の力を借りないと話ができないとのやり取りがあったので、ゼネコンからマルキ工業等に利益が出ないような常識外れの金額が提示されたら、被告人自身がゼネコンに口を利いてやらないといけないとの話をした趣旨であると供述している。ところで、右テープ中での被告人の言葉は、Bの「ゼネコンはお上ですからねえ、右といえば右になっちゃうんですよねえ。もう、本部長の力をお借りしないと、とても、もう、進みませんし」との言葉に対するものであること、また、ゼネコンには躯体四役について協力会社等があり、ゼネコンの見積額はこの協力会社等の積算に基づいて出されてくることが予想されるため、協力会社等に代わってマルキ工業等が躯体四役の頭になれば、元請会社となったゼネコンの見積額との間に齟齬が生じてくる可能性があることからすれば、被告人の右言葉は、いざという時には、被告人において、マルキ工業等に対するゼネコンの発注金額にまで介入するしかないとの趣旨を表明したものと理解されるが、その趣旨は被告人の右供述と必ずしも矛盾するものではない。これに対し、Bの供述によれば、既に被告人との間において、元請会社となるゼネコンが当初の利益を確保できるように施主の方で請負金額に上乗せする予算措置を講じるとの約束がなされていたというのであるから、元請会社となるゼネコンとしては躯体四役の頭がその協力会社等からマルキ工業等に変わったからといって、マルキ工業等に対して厳しい発注金額を押し付けてくるとの必然性はなく、むしろ、被告人としては、ゼネコンから厳しい発注金額を押し付けられるのではないかと心配しているBに対しては、ゼネコンには協力会社等の積算に基づく見積額とマルキ工業等のそれとの差額について上乗せする予算措置を講じることになっているから心配する必要はないとの話をすれば足りると考えられるのに、そのようなものとはなっていないのは不可解である。これらの点から考えると、被告人の右言葉は、それまでに被告人とBとの間で予算措置の約束があったことを裏付けるというよりは、かえってそのような約束がなかったのではないかと疑わせるものといわざるを得ない。したがって、この点に関するBの右供述も納得し難い。

なお、この一〇月一八日のテープの会話内容について、原判決は、「争点に対する判断」の六の5の「テープに録音された会話内容」の項において、提供した金員の回収方法について話合いがなされ、その関係で被告人がゼネコンと交渉することが話されていることからすれば、右テープはBの供述を裏付けている旨説示しているが、これまで述べてきたとおり、右テープの会話内容をBの供述等に照らして子細に検討すると、かえって、それは右テープが録音された平成元年一〇月一八日以前には、Bと被告人との間において、Bが供述するような、被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額で発注させる旨の予算措置の約束は存在しなかったのではないかと疑わせるものであって、原判決の右説示には賛同し難い。

② 次に、平成二年一月一九日に原判示「東京全日空ホテル」において被告人とD、Eとの間で行われた第二回目の金員授受の状況についても録音されているところ、右金員授受にDが関与するに至った経緯等について、Bは、前述したように、被告人からスポーツドーム工事では思ったほど利益が出ないと言われたので、Dに対し、裏金の回収がきちっとできるように被告人に話をしてくれと頼んだほか、マルキ工業等が躯体四役の頭になり、適正利益も含めた回収が図れるように施主として元請会社の決定前に予算措置をするとの被告人との約束が一つでも崩れたら、金を渡す前に確認をしてくれるように頼んだ上で代理を依頼した旨供述しているので、その供述内容との整合性について検討する。

押収してあるマイクロカセットテープ一本(前同押号の三、以下「一月一九日のテープ」という。)及びその判読書である検察事務官作成の捜査報告書(当審検一五号)によれば、右テープには次のような会話が録音されている。すなわち、Dがスポーツドーム工事について問い質したのに対し、被告人は、「あれはね、今、入札しようとしとんのやけど、入札した時に考えられないコストでくる可能性がある、……そした時に……ジョイントすることは変だけど、これはもうからへん、まず、無理。……今度、逆に下請けに付けるというのは、これは可能です」と話した後、「これはね、ゼネコン、元請けは皆、赤ですよ。はっきり言うて」とか、「ゼネコンとしてするんだったらスポーツドームは取ったら名前だけ、実はないよ。そこは、はっきり言うとく」と説明し、更に下請業者については、「でね、名義人のチャンピオンを取るということは、これは両方あるわけよ。ただ、スポーツドームの時の名義人いうのは、同じようにね、そういうポストでくるいうことは、あとゼネコンがやることは下向いてどんだけ彼らをね、叩くかいうのが仕事になるからね」「だから、スポーツドーム絡みの仕事いうのはみんな厳しい。ただね、名義人の仕事ちゅうのは、後に全部続くんだから、全体の中でね、こう、十分……追っかけられる。儲けは出せると思うんだよ。また、逆にチャンピオンであれば、そのへんの工事の配分もやね、自分とこで差配をするわけだから、……まとめるわけだ、だから、……その仕事のくくりのね、まとめ役でね、トップになるいうのはね、かなり厳しいけど逆に言うたら自分の下にようけ付くんやから、その点のやりくりというものを……ある程度はできるということなんよ」と説明したところ、Dも納得し、「うん、そりゃ、仕事の方はそういうことで、ひとつそういう角度に沿って、儲る仕事をさしてもらうということで」と言って話を切り上げている(右報告書八頁ないし一一頁)。

この一月一九日のテープにおける被告人の話は、スポーツドーム工事についてはゼネコンが赤字覚悟で激しい受注競争をするので、その下請業者の受注金額も厳しいもになるとの見通しを話すとともに、しかし、ツインドーム計画はスポーツドーム工事の後も続くので全体としては利益の確保ができるし、また、スポーツドーム工事でも躯体四役の頭になれば、仕事を孫請けに出すなどしてやりくりできることを説明したものであって、いわば躯体四役の頭になるマルキ工業等の企業努力で利益を確保することも不可能ではないことを言ったものである。したがって、被告人の右話は、Bが供述するような、被告人に渡す金員の回収や適正な利益の確保を保証するために施主が予算措置を講じることを前提としたものではないといわざるを得ない。ところが、Dは、原審において、「丙川荘」での被告人とBとの話を聞いて、マルキ工業に対する発注金額は適正な額にBが提供する裏金の回収分を上乗せしたものとなると思っていた旨、また、被告人に会った前日、Bから、スポーツドーム工事の予算が厳しくとも一つ一つの現場において提供した裏金の回収と最低限の利益の確保について被告人に話をしてくれと頼まれていた旨証言していながら、右テープに録音された会話においては、被告人の説明に対して何らの疑問を呈することなく納得していること、しかも、Dと被告人とはダイエー入社同期であって、Dが被告人に遠慮しなければならないような事情は全くなかったことからすれば、Dが被告人の右のような説明を納得していることは不可解というほかなく、そのようなDの態度は、被告人とBとの間において、BやDが供述するような約束がなかったことを強く推測させるものである。

また、Bは、前述したように、平成元年一二月二二日に被告人から、スポーツドーム工事についてはゼネコンが政策価格を出してくるから思ったほど利益が出ないかも分からないとの話をされた際、被告人に提供する金員は、各工事における工事量に従って平均して回収したいので、スポーツドーム工事についても施主の方で予算措置をして欲しいと頼み、被告人もこれを了解してくれた旨供述しているところ、一月一九日のテープの会話内容が、Bの右供述に反する内容となっていることも明らかである。しかも、裏金は各工事の工事量に従って平均して回収して行きたいとの話については、Eが、検察官調書(原審検甲九九号)において、マルキ工業側から被告人に対してそのような話はしておらず、被告人はツインドーム計画全体の中で回収できれば良いと考えていたと思う旨述べていることにも反しており、Bの供述には納得し難いものがある。

③ また、第三回目の金員授受が終わった直後である平成二年六月一四日にBとEが株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの事務所に被告人を訪ねた時の会談内容についても録音されているところ、右会談は、第三回目の約束の金員を被告人に渡すのが大幅に遅れた理由等について話し合うために行われたもので、それまでの交渉経過等についても知る手がかりを与えてくれるものと考えられる。

押収してあるマイクロカセットテープ一本(前同押号の五、以下「六月一四日のテープ」という。)及びその判読書である検察事務官作成の捜査報告書(当審検一七号)によれば、右テープには次のような会話が録音されている。すなわち、Bは、第三回目の金員授受が遅延している事情について、Bの養母であるオーナーが金庫の鍵を握っていて、その力にすがらないと金を出せないのに、「具体的には全然……動きがなかったもんで、まあ、お袋としても、どうなっとるんかと、こういうスケジュールじゃなかったんかと、多少狂うのは分かるけど、全然あれじゃないかということから始まりまして、実は私どもも正直言って苦しい立場におります」(右報告書二頁)とか、「現実に……今仕事してますけど、ゼネコンは、……どんなにいい単価で取ろうと、……私達に下りてくる時には特別な事情がない限りはもうぎりぎりの単価しか出さないわけですね。すると、オーナーにしてみれば、そういう通常の流れの中でどうやって、その泳いで行くかと、回収するかという、その非常に大きな疑問が……出てきまして、ま、その説明が私ができればいいんですけど」(右報告書四頁ないし五頁)とか説明し、被告人の「元々……全てを固めると」「日本技研で」という話ではなかったかという問いかけに対して、「問題はそこで、あの、予算がですね、問題が出てくるんですけど、ゼネコンがその自分とこの推薦の名義人を必ず言ってくると思うんですよ。それで例えばうちが束ねても……工程管理とか、あの、日々の打合せとかは全部うちがやらないかんわけです。そうなりますと、そのコストとある程度の……予算がですね、恐らく通常だったら……これ出ないんです。ですから、その辺のことが出てこんと、私どもの間でどうなのかということに……なってくると思うんです」「今は……悪い時期に……もう、おいしいものしか手を付けないよと、こういう……状況なんです。そうなると、……我々の仕組みから言いますと、まずい状況なんですね、これ。ただ名義だけでペーパーで通るだけなら、……紐付きだから考えるでしょうけど、そこに幾らかでもうちがマージン頂けるということになれば、こら、もう、恐らく……Aクラスの……業者は蹴ると思います。それでなくても職人は足りませんで……、無理に安いとこにやるという考えはもう全然ありませんし」「その辺の非常に、私も心配事が……ジレンマがあるもんですから」「ゼネコンが……今のこの時期に……通常の工事よりね、どのくらい……安いものを見つけきるかということですけども」「こういう状況の中で……、当然うちもゼネコンが言うてくれば、高いもの……言っていかなならん状況ですから、よそより安くやれば職人逃げますから、……どうなるんかなあという非常に不安が……ありまして」(右報告書一〇ないし一二頁)と言って現在の状況を説明した上、「私どもとしましても、この単発だけだったら……この時期に仕事云々ということは恐らく余り考えてなかったと思うんですけども、どうも自分が初めから思ってたその目標ってものが……非常によじれが生じているものですから、だからと言いまして、その懸念を……、そういう問題を……専務にお伺いする以外に方法はありませんし、非常に困ってるところなんですけども」(右報告書一三頁)と言って被告人に相談している。これに対して被告人は、「例えば、そういうふうにゼネコンにね、いわゆる四役が日本技研とこれを入れて窓口になるということ、僕の方から言っとく、……はめとく。そうした時に社長の方でその部分で要は受けて、全部仕切るということであれば」(右報告書一七頁)どうなのかと問い返した上で、更に日本技研を躯体四役の頭にすることについては、「施主の意向としてはね、……ダイエーの方からお前んとこと言われとると言うことでやってもらいたい」(右報告書二一頁)とか、「ゼネコンから来てもね、言うたらええ。施主からこういう意向をうちは言われとると、こうはっきり言うたらいい」(右報告書二五頁)と勧めている。

このように六月一四日のテープの会話においては、Bは、養母であるオーナーが現在の状況に不安があって、金庫を開けてくれないから被告人に約束の金を渡すことができない旨訴えているが、実際にはBが言うようなオーナーなる人物は存在しておらず、右会話でオーナーの不安としてBが述べている内容自体は、B自身が抱いていた不安を意味することが明らかである。また、Bがオーナーの不安として被告人に訴えている内容は、ツインドーム計画の進行が当初の予定より大幅に遅れてきていることのほか、労務事情が逼迫しているため躯体四役の頭を通常の価格で受注しても利益が上がらず、回収がままならないのではないかと危惧していることであり、しかも、それらの不安は、Bが当初考えていた目論見が外れてきたために生じてきたことを吐露するものであって、被告人との間で、提供する金員の回収と適正利益の確保を保証するために施主の方で予算措置を講じるとの約束があったとするBの供述にはそぐわないといわざるを得ない。その上、Bが被告人に対し、わざわざオーナーという架空の人物を持ち出さなければならなかったのは、Bが右会話の冒頭で「私達は、私達が専務と進めていることですから、ま、よく理解はしてるんですけど」(右報告書二頁)と述べているように、当初の約束にはなかったことを被告人に訴える必要があったためと考えられることからしても、被告人との間で提供する金員の回収と適正利益の確保を保証するために施主の方で予算措置を講じるとの約束は存在しなかったのではないかと疑われる。

④ 更に、BがC社長宛に日本技研名義の手紙を出した直後である平成二年七月三日に被告人がBとEを原判示被告人方に呼び出して会談した時の内容についても録音されているところ、右会談は、Bが右手紙を出した経緯だけでなく、今後の対策についても話し合われており、それまでの交渉経過等についても知る手がかりを与えてくれるものと考えられる。

押収してあるマイクロカセットテープ一本(前同押号の六、以下「七月三日のテープ」という。)及びその判読書である検察事務官作成の捜査報告書(当審検一八号)によれば、右テープには次のような会話が録音されている。すなわち、Bは、オーナーがC社長宛に手紙を出さざるを得なかったのは、「裏金を作るにおいては船舶もエンゼルシーというやつを三億二〇〇〇万円で売却しまして、それから本社用地も売却しまして、それから決算報告をしまして、で、使途不明という経理処理をいたしまして、……そこまでの犠牲を払ってそんで、結果、回収がままならないような、もしかしたらならないような形かと、それじゃあ、もう駄目じゃないかと」(右報告書二頁)ということだったと説明した上で、「今ここに何が一番必要かといいますと、やはり、あの、お金を出したほうが……安心できるような対策を……とらなければ、うちも、あの、向こう(オーナーを指すと思われる。)に返事のしようがないわけですね。……もう、その回収が確約できないなんていうことはもう、有り得ないというまあ、論法ですよね」(右報告書四頁)と言って被告人に確約を求めた。これに対し被告人は、「まず、整理していこうや。あのね、要は今の問題点は、オーナーが、……回収を確約してもらわんと……できんということだね」「で、まず、それは分かった。ちょっと置いとこう。そんでスタートした時、ま、Dから紹介を受けて、で、話をこういった時に、……要は、四役を束ねるとこへマルキ工業を置くと、指名すると、ま、日本技研をと、それによって束ねる形の中で総工費から推し量った時に、下に全部付けていってそこを全部束ねるというところから回収は可能であろうというひとつの見通しの中で、まずスタートしたと思うんですよ。……しかし、ここへきてね、あの、建築の労務事情その他見たときに、ただこれを束ねることについてだけでは回収しきらんと、現実問題としてこれも分かった。だから、そこから回収しようと思うたら、予算措置をつけんと回収できない、というのが今一つ出てきてるわけです。しかし、その予算措置がないと、約束されてないと、だから回収できんじゃないか、というところにこうきとるわけですな」(右報告書四頁ないし五頁)とこれまでの経過を整理したところ、Bは、「まあ、あの、当然、あの、私達の当初の出発点と、オーナーに対する私達も、そういう認識しているんですけど、その、……もうゼネコンが、……いかなる良い単価で取ろうがどうしようが、ゼネコンてところはもう、あの、我々下請けに……常識外の単価を出してくれるなんてことは、もう有り得ないことは……再三にわたり専務にご説明申し上げてきたと思うんですけど、……これだけの金額を四役いいましても、その、どこから出てくるのかということになってきますと、もう、こら、はっきり言って不可能に近いんじゃないかと、……現実には、そんなお金はですね、単価的に出ませんし……」(右報告書五ないし六頁)と言って被告人に実情を訴えている。これに対し被告人は、「逆にね、回収しようと思うて予算措置云々の話があるけども、確約いうてどういう形が確約になるの」と問いかけ、Bは、「当初から、あの専務は、あの、C社長も、I社長も、あの、自分と同腹だよと、同じ考えだよと、皆知ってあるんだよ、というようなお考えだったお言葉だったもんですから、私としては、……I社長なりの……確約が……なされれば……、私は、……言えるんですよね、あるじゃないかと、DREのFの福岡のトップじゃありませんかと、……オーナーが一番懸念しているのはあの、専務の一人舞台じゃなかろうかと、これを一番はっきり言いましてですね、一番懸念しているんです。……あの、三〇〇〇万円の時ですね、……株の会社に送金なさったでしょう。あれの金を言ったわけですよね。それで、もう、非常にそれまでに高まった不安が……いっぺんであの、沸騰したと思うんです。ですから、私としては、今この状態を……正常化させるためにも……やっぱりI社長なりの……確約書なり……していただければ、私は、Dも呼びましてオーナーと……もう一度話し合って……鎮静化さしたいと思うんですよ」(右報告書六頁ないし七頁)と提案したが、被告人は、「あの、ひとつはっきり言えるのは、今の段階でうちのIなり、Cがね、確約しようということについてはね、これはできんね」(右報告書八頁)と言ってその提案を拒否している。しかし、Bはなおも、「私は、もうここでオーナーの考えをはっきり聞いたんです。そうしましたら、……その当初の約束通りに予算措置をして頂いて、そしたら私は自分がうんと言った専務と合意に達したお金は出しましょうと、それは今までと変わりないんですよ。ただ今のままでは、私達は不安でしょうがありません。もうこの一辺倒ですね」とか、「結局、C社長もI社長も皆ご存じだという認識がオーナーにあるわけですね」(右報告書九頁ないし一〇頁)と言ってオーナーを説得する方法としてなおも確約書を求めるが、被告人は、解決案として「もし、本気でね、あの、その辺で安心さしてくれと言うんだったら構わんよ、出来高で、仕事が実際に動いて出た時に金出したらいいでしょう」「そしたら、今までもろうた分、清算してね、あとは、出来高で仕事が現実にいって、動いてから、こちらが、それこそ……回収すればいいでしょう」(右報告書一七頁ないし一八頁)と提案したが、結局、Bはもう一度Dと相談するということで別れている。

この七月三日のテープの会話においては、被告人がそれまでの経過を整理しているが、その内容は、マルキ工業等を躯体四役の頭にし、そのことによって回収も図れるだろうとの見通しで出発したものの、その後の労務事情の変化等のために回収に不安が生じてきており、予算措置を講じないと回収ができないという話になってきているというものであって、Bと話をした当初には予算措置を講じるとの約束がなかったことが明瞭に表現されている。これに対して、Bは、被告人の右の言葉を直接否定することなく、ただオーナーとしては、予算措置の約束があったとか、上司の了解があったと考えているので、その説得が困難である旨主張しているにすぎない。しかも、Bの供述を前提にすれば、右会談は、被告人から予算措置ができないとの話をされたBが、C社長宛に手紙を出した直後のものであって、Bとしては、何としても予算措置についての約束を履行してもらう必要があったと考えられるのに、被告人からI社長名義の確約書の交付を拒否されても、被告人自身に予算措置の確実な履行を求めることさえしていない。かえって、右会話の途中で、被告人から、「仮にね、……いわゆるコストを乗せてというような話になった時にね、どういう形で約束をして、それをどういうふうに実行するんか」と問いかけられても、「それは、もう、ゼネコンの指定の業者の方から……我々がその一割を、……事業税を払って、多少なりのそのコスト改定をするという単価をもらわなければいけないわけですけど、これはゼネコンが決定して、で、ゼネコンから発注を待たなければ、これはなんとも言いようがないですけど」(右報告書一四頁)と答えるだけで、それまでに被告人との間で、Bが供述するような、施主からゼネコンに対して、提供した金員を回収し、かつ、適正利益を確保するのに必要な予算措置を講じるとの約束があったことを示唆したり、その履行を迫るような言動にさえ及んでいない。これらの事情に照らして考えると、七月三日のテープの会話内容は、被告人との間で予算措置を講じるとの約束があったとするBの供述にはそぐわないといわざるを得ない。

⑤ 以上のとおり、一〇月一八日、一月一九日、六月一四日及び七月三日の各テープに録音されている被告人とB、あるいはDとの会談内容を検討すると、Bの言葉の中には、被告人との間で予算措置の約束があったことを示す表現も存在するが、それはあくまでも被告人が直接交渉をもっていない架空のオーナーの考えとしてしか表現されていないこと、しかも、Bは、被告人との会談内容が録音されていることを知っていたのであるから、自己の言葉が録音されることを意図した上で特別の表現を織り込むこともできたこと、他方、右の会談内容が録音されていることを知らなかった被告人の言葉の中には予算措置の約束の存在を前提とするような表現はみられないことからすれば、被告人との間において、マルキ工業等が、被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額で、ツインドーム工事における躯体四役の頭を受注できるように施主において予算措置を講じるとの約束はなかったのではないかと疑わざるを得ない。

(5) 更に、Bは、平成二年七月、かねてからスポーツドーム工事への参加を希望していた東洋高圧株式会社のQを被告人に引き合わせるなどして、被告人から、同社を右工事における杭工事の束ね役にするとの言質を得たことから、同月二三日に同社から一億円を受領し、翌二四日にはその中から二〇〇〇万円を被告人に交付しているところ、Bは、原審供述において、右一億円は、その回収及び適正利益の確保ができなければ返還するとの約束のもとに、同社から杭工事を受注できたことの謝礼として受領したものであり、それはBが被告人から約束してもらった内容とほぼ同じ趣旨のものである旨述べている。ところが、Qは、当審公判廷において、コンクリートパイルの業界では、仕事を取るのに口を利いてくれた人に対し、受注工事高の三パーセントから七パーセントの紹介料を支払うのが通例であり、Bに渡した一億円もその趣旨に沿ったものであって、Bが右一億円をどのように使おうが関知しない旨、また、右一億円を交付した当時は工事の内容や受注高等がいまだ明らかになっていなかったので、その回収をどうするかについては考えてもいなかったし、Bとの間で回収について具体的な話もしていなかった旨、受注した工事の中で一億円を超える利益が出れば回収の問題は生じないし、仮に一億円の利益が出そうもない状況に至れば、その時点でBやゼネコンと相談して利益の確保をしてもらうことになる旨証言しているのであって、Bの前記供述とは明らかに食い違っている。そして、Qが、本件の関係者と深い利害関係に立つ者ではないことをも併せ考えると、その回収と適正利益の確保を約束した上で一億円を受領した旨のBの右供述は疑わしいといわざるを得ない。

(6) ところで、原判決は、「争点に対する判断」の六の2の「本件金員と裏金、リベートとの整合性」の項において、ツインドーム計画は、FDREが施主となりゼネコンが工事を請け負う契約であって、マルキ工業等のような下請業者は元請会社であるゼネコンと契約関係に立つにすぎないところ、ゼネコンの下請業者は協力会社等と呼ばれて系列化されており、ことに躯体四役についてはその結び付きが他業種に比し格段に強いところ、マルキ工業等はこのようなゼネコンの協力会社等にはなっていなかったのであるから、日本初の開閉式ドーム球場であることからゼネコン各社が激しい受注競争を繰り広げていたスポーツドーム工事に関し、どのゼネコンが元請会社になろうとも、マルキ工業等が駆体四役の頭になるためには施主の下請指定以外にはその方法がなかった上、仮に施主からそのような下請指定を受けたとしても、協力会社等の見積を下回る受注金額をゼネコンから強いられ赤字受注を覚悟せざるを得ない状況にあったことからすれば、建設業界における右のような実情を熟知していたBが、「ゼネコン入札時に下請指名、予算措置が約束され、利益を保証された上、ゼネコンから受注できることが確実視され」ない限り、「施主の役員であるとはいえ、子会社の一従業員にすぎない被告人に六億円もの」金員を支払う約束をする経済的動機は見い出し得ない旨説示している。

しかしながら、Bが被告人に一五億円を渡してツインドーム工事の躯体四役の頭としての仕事を受注しようと決意した平成元年九月当時は、株式会社ダイエー・リアル・エステートがGに対してツインドーム計画の第一次マスタープランの作成を依頼したばかりであって、右計画の全容さえ明らかになっておらず、ましてや右計画に伴う各工事がどのような順序や予算で実施されるのかも明確にはなっていなかった時期である。したがって、右各工事をどのゼネコンが受注するのか、その受注金額が幾らぐらいになるのかさえはっきりしなかった当時の状況からすれば、ゼネコンの協力会社等になっていなかったマルキ工業等が駆体四役の頭になれば必ず赤字受注を覚悟しなければならなかったとはいえない。しかも、Bが、スポーツドーム工事が各ゼネコンによる激しい受注競争になり、入札において政策価格の提示さえ考えられる状況にあることを知ったのは、同年一二月二二日のことであったことからすれば、Bが、被告人に本件金員を渡すことを約束した同年一〇月当時、被告人に提供する金員の回収や利益の確保について危機感を抱いていたとは考え難い。このことは、一〇月一八日のテープに録音されているBの「(回収については)そう急ぐ問題じゃございませんけど、一応お聞きしておかないと、私の腹積りもありますもんで」(当審検一三号の検察事務官作成の報告書四頁)という言葉からも十分窺うことができる。むしろ、その当時のBとしては、同年八月の新聞記事等をもとに、ツインドーム計画の総予算が二〇〇〇億円ないし二六〇〇億円とすると、躯体四役の工事高は全体で約一〇〇〇億円となり、粗利を七パーセントから一五パーセントと見込んで約一〇〇億円と算定し、それから必要経費や被告人に提供する一五億円の回収分三〇億円分等を差し引いても約二〇億円から三〇億円の純利益を得ることができるとの皮算用をしていたものと考えられる。このようにBが、躯体四役の頭になることによって莫大な利益を得ることができると考えていた状況からすれば、被告人に格別予算措置を求めることもなく、躯体四役の頭になることと引き換えに一五億円を提供することを申し出たとしても、何ら不思議ではなく、Bには被告人に六億円もの金員の支払いを約束するだけの動機がなかったと説示する原判決には賛同し難い。

ところが、その後右計画の実施が当初の予定より大幅に遅れる事態が生じてきたことに加え、最初に建設することが決定したスポーツドームに関しては、それが日本初の開閉式ドーム球場となるため各ゼネコンが採算を度外視した政策価格を提示する可能性が高くなってきた上、建設業界における労務事情も逼迫してきて到底通常の取引では利益を出すことさえ困難な状況に立ち至ったため、Bにおいて、被告人に提供する金員の回収と利益の確保について次第に危機感を覚え、被告人に対して予算措置を要求するようになったものと考えられる。このことは、六月一四日のテープにおいてBが、「そういう通常の流れの中でどうやって、その泳いで行くかと、回収するかという、その非常に大きな疑問が……出てきまして」(当審検一七号の検察事務官作成の報告書五頁)とか、「どうも自分が初めから思ってたその目標ってものが……非常によじれが生じているものですから」(同報告書一三頁)と言って被告人に当時の状況を訴え、また、七月三日のテープにおいてBが、被告人からスポーツドーム工事の発注金額が約四〇〇億円にしかならないとの話を聞いた時に、「そのような今の現状の発注方式の中で……、当然これはもう利益なんか、とんでもない。非常にシビアな単価が組まれるんじゃなかろうかと、そういうような……、予想をするわけですよね。……我々はその当然幾らかでも回収ということでもっていきますけど、四〇〇億となりますと、全体の少なくとも二〇パーセント……の金額になると思うんですよね。その中で、じゃあ平均コストから考えて二〇パーセントのシェアにしたら二〇パーセントも我々は回収せないかんわけですね。……そういうことが果して可能かどうかということはですね、まあ、不可能に近いんじゃないかと……考えるわけですよね。逆に言うと、仕事を辞退申し上げにゃいかんという状態になるんじゃなかろうかと、こういう仕事の多い時代ですしね。まあ、施主の方でゼネコンにそういう特別な指示がない限りは、恐らくもう、……回収については自信がない」(当審検一八号の検察事務官作成の報告書一四頁ないし一五頁)とか、「最初の目論見通りいってればですね、これは大きな先々、メリットがありますから、あれですけど、清算となってきますと……」(右報告書一七頁)とか訴えていることからみても、十分推察することができる。

(7) なお、前述したように、Bは、平成二年六月二〇日ころ、Eを介して被告人からゼネコンに対して予算措置の指示はできないとの話があった旨供述し、Eも、当審公判廷において、Bの右供述に沿う供述をしている。しかしながら、Eは、その日どのような用事で原判示被告人方に赴き、どのような話の流れから予算措置ができないとの話が出たのかについては記憶がないとしか供述しておらず、また、それまでは被告人の接待役や連絡係でしかなく、実質的な交渉相手として話をしたことはなかったというのに、予算措置の指示ができないという極めて重要な話を被告人から聞かされたというのは理解し難いところである。その上、Eは、重要な出来事はその夜か、二、三日分の出来事を思い出したりして手帳(前同押号の一〇ないし一二)に記載していたと供述し、同年六月一四日や同年七月三日の被告人との会談等については、右手帳に記載があるのに、この同年六月二〇日の出来事についての記載がないのも不可解である。しかも、Bの供述によれば、予算措置の指示ができないとの被告人の話は、Bにとっては、当初の約束を破棄されたという極めて重要な出来事であったにもかかわらず、Eからその話を聞いたBが、直ちに被告人に連絡を取るなどしてその真意を問い質すなどの行動に出ていないのも理解し難い。他方、Bの供述を前提にしても、被告人が、この時期に予算措置の指示ができないとの話をわざわざBにしなければならなかった状況も窺われない。これらの事情に照らして考えると、同年六月二〇日ころに被告人からゼネコンに対する予算措置の指示ができないとの話があった旨述べるB及びEの各供述は信用し難いといわざるを得ない。

⑧ 以上、検討した結果を総合すれば、被告人との間において、被告人に提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額でマルキ工業等に工事を発注させる旨、そのために施主においてゼネコンに対し予算措置を講じる旨の約束があったと述べるB、D及びEの各供述は信用し難いといわざるを得ず、被告人とBとの間において、そのような約束はなかったと考えるのが合理的である。

(三) 次に、被告人が、Bに対し、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させると約束したことについて、被告人の上司であったC社長、I社長から承諾を得ている旨(以下「上司の承諾」という。)を装ったかどうかの点について検討する。

(1) 右上司の承諾の点に関しても、その存在を主張するBの供述のほか、これに沿うDの供述、Eの供述がある一方、これを否定する被告人の供述がある。なお、この点に関するBの供述は、被告人に渡した本件金員は、FDREがツインドーム計画を実施する際の地元対策等の裏工作資金に使用されるとの名目であったかどうか、また、本件金員がFDREの役員である被告人を通じてFDREに渡された裏金なのか、それとも被告人個人に渡されたリベートなのかの問題とも密接に関連して述べられているので、これらの点をも含めてBの供述の概要を述べると、ほぼ次のとおりである。

① 平成元年一月二四日の「乙山」での会談の際、Dが被告人にツインドーム計画に伴う工事にマルキ工業を下請業者として参加させてくれるように頼み、被告人もこれを了承した際、被告人は、「ツインドーム計画については、H会長からC社長と自分が任されている。」「実務的には自分がC社長から任されている。」「C社長に報告だけすれば、事実上は自分が取りまとめ役だ。」などと言っていた。それで、元請会社の最終決定はC社長やH会長がするが、被告人も、ゼネコンの絞り込みや選定程度はできると思ったし、少なくともゼネコンの第一次下請業者や躯体四役ぐらいは事実上決定することができる人じゃないかと思った。Dも、「C社長に一遍きちっと聞いて、頼むわ。」と言っていた。また、被告人は、ツインドーム計画について、「地元対策とか、議会だとか、市の関係に大金が要る。」とか、「地元の古い財界としっくりいっていない。」「ノイズがうるさい。」「地元商店街とかの反対派がいて困ってる。」などと話し、「協力して下さい。」と言っていたので、被告人から暗に裏金を要求されており、ツインドーム工事に参加するには裏金が要ると思った。また、被告人はC社長から任されて裏金を集める窓口になっていると思った。

その後、被告人がGと一緒に記者会見をしている新聞記事を見て、被告人は、実務面の権限を有している偉い人で、被告人が「乙山」で言っていたことは本当だなと思った。また、「乙山」での要求がまだ続いているなら、被告人に裏金を提供してツインドーム工事においてマルキ工業を躯体四役の頭に採用してもらいたいと考え、再度Dに被告人と会えるように手配を頼んだ。

② 同年九月一三日「丙川荘」に向かう自動車の中で、Dが被告人に「この前の件、C社長に聞いてくれたか。」と確認したところ、被告人は「うん、聞いたよ。それはええです。」と答えていた。その後Dがマルキ工業等を躯体四役の頭にしてくれないかと頼むと、被告人はすぐに、「要は束ね役になればいいんですね。それは問題ないんじゃないですか。」と答えていた。その際、Dは「いろいろ金が要るだろうな。」と話し、「お前どのぐらい考えとるんか。」と聞いてきたので、「二桁の億は考えとります。」と返事した。

「丙川荘」の宴席で被告人、Dと三人だけになった時、再びDが被告人にマルキ工業等を躯体四役の頭にしてくれるように頼み、被告人も、「C社長から任されてるから、ええんじゃないか。問題ないよ。」と言って、これを了承してくれた。この時、Dから「いくら準備できるんか。」と聞かれたので、「最大限一五億までなら出せます。」と答えたところ、被告人が「それでええでしょう。」と言ったので、被告人が、施主として、提示した裏金の額を了承するとともに躯体四役の頭になる件も約束してくれたと思った。ただ、被告人は、裏金の額については「C社長と一度相談して返事するから。」と言っていた。その後Eらを呼び戻して宴会が始まった時、Dが「一度B'をC社長に挨拶させてくれ。」と頼み、被告人も「是非一度会って下さい。」と言っていた。

③ 翌一四日、被告人がマルキ工業本社に来た時にも、Dは、被告人に「マルキ工業が躯体四役のチャンピオンになれるように、ひとつCさんにぴちっと話をしてくれや。」と頼んでいた。

同年一〇月四日被告人を自動車で福岡空港に送る途中、「丙川荘」での話をC社長に確認してもらったかと聞いたところ、被告人は、「ちゃんとC社長に話をして了解も取れたのでいいですよ。」と言っていた。また、この時被告人は、裏金の額や渡す時期について「工事着工前に六億準備して下さい。一〇月と一月と三月に必要です。工事着工後のことは後で協議してお知らせしますから。」と言っていた。

同月一二日、マルキ工業本社で被告人と会った時、被告人から、裏金をスイスに送金できないかと聞かれたが、断わった。この時、被告人は、裏金を渡す時期について「一〇月の中旬以降に一億を超えないと思っていて下さい。二回目は一月で、三回目は三月だ。三月に二回。工事着工後のことについては、C社長と協議して後日連絡します。」と言っていた。また、被告人は株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの代表取締役になったとの話をしていたので、やはり被告人はダイエー内部でも実力のある人だなと思った。この時、被告人から年内一杯にはC社長に会ってもらうとの話があった。

④ 同年一一月九日に「丁原」で被告人と会い、裏金の額と渡す時期を記載したメモ紙を受け取った。

⑤ 平成二年三月九日付けの新聞に、株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの社長がCからIに交替し、被告人が専務になるという記事が出た。これを読んで初めて社長の交替を知り、被告人に対して腹立ちを覚えたが、反面被告人がツインドーム計画の業務をそのまま引き継いでいることで多少安心した。しかし、マルキ工業等の件がI社長にきちんと引き継がれているかどうか多少心配になったので、早急に被告人と会う機会を作ろうと考え、同月一三日に「銀座日航ホテル」のラウンジで被告人と会った。この時、被告人から、I社長へは「当然引き継ぎもなされているし、そういう点は何も心配ない。自分が引き続き専務としてこのプロジェクトを統括していくので別に心配は何もないよ。」との説明を聞いて安心した。また、I社長に挨拶させてくれと頼んだところ、一段落したら会わせるとの話だった。

⑥ その後Dに頼んで同年四月一九日の「丁原」で被告人に会ってもらい、I社長に挨拶させてくれるように申し入れ、同月二四日株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートの社長室でI社長に会わせてもらったが、I社長からは、被告人とよく相談して頑張って下さいと言われただけで、裏金のことを匂わせる言葉もなく、物足りなかった。

⑦ 同年六月二〇日ころ、Eを介して被告人から、ゼネコンに対して予算措置の指示はできないとの話があり、同月二二日Dに相談して、C社長宛に手紙を出すことにした。それは、万一C社長が被告人との約束について承知していなければ大変な騒ぎになって当然問い合わせがくるだろうし、騒ぎにならなければC社長も被告人との約束を承知していると考えることができると思ったからで、同月二八日付けでC社長宛に手紙を出した。しかし、同年七月三日に被告人から呼び出されただけで、C社長からは何の問い合わせもなかったので、被告人との約束はC社長も承知しているものと思った。

(2) これに対して、被告人の供述の概要は、ほぼ次のとおりである。

① 平成元年一月二四日の「乙山」での会談で、Dからマルキ工業をツインドーム工事に下請業者として参加させて欲しいと頼まれた時、「C社長にも報告せないかんけど、いいよ。」と返事した。マルキ工業を下請業者として使うことについて条件を付けたり何かを要求したりしたことはない。この時、Bらに「二〇ヘクタールを福岡市にお願いしている。土地はもっと欲しい。土地をそれだけ買おうと思ったら何百億もかかるよ。」「この計画を相談に来なかったということで財界の偉い人がいろいろすねとるんだ。商店街も含めて大変反対も出てるけど、一つずつ説得して納得してもらわなければいかん。」などと話をしたが、Bにお金を要求する気持ちはなかったし、要求もしていない。工作資金がいるという話をしたこともない。また、Bに対して「協力して下さい。」とは言ったが、それはBが「工事が始まったら非常にいろんなややこしいのが来る。そういう連中に対して組織的にびしっと押さえを利かすというのも自分達の仕事です。」と言われたことに対する言葉だった。

この会談の後、C社長には、Dからマルキ工業を紹介されて会ったことを口頭で報告した。

② 同年九月一三日「丙川荘」に向かう自動車の中で、DからC社長に話したかと聞かれたので、「大丈夫だよ。話したよ。別に問題ないよ。」と答えたところ、Dから「B'社長のとこ、躯体四役のチャンピオンにしてもらいたいんだけど。」との話があり、「地元企業をまとめ役にしようと思うとるから、別に問題なかろう。」と返事した。すると、Dは「地元にもいろんな気遣わないかんし、大変やな。結構金も使うんじゃないか。」などと言って、Bに「社長どのぐらい考えてるんよ。」と問いかけ、Bが「一五億円お渡しできます。これはA本部長がお好きなように使っても何の心配もないお金です。」と言ったので、一瞬あっけにとられた。Bの言う一五億円は、躯体四役の頭にしてもらうために被告人個人に渡されるリベートだと考えた。

「丙川荘」での宴席でB、Dと三人だけになった時、Dから、再びマルキ工業を躯体四役の頭にしてくれと頼まれたので、「C社長に実務を任されておるから問題ないでしょう。」と答えた。この時、Bから「ツインドーム工事の躯体四役の束ね役をやらしてもらうということで最大限一五億のお金を用意しています。」との話があったので、「そんな金、損したら仕事は続かんよ。」「躯体四役のまとめ役にするということについては、金とは関係なくやりましょう。お金の件については私が検討して返事をします。」と答えた。その後Eらを呼び戻して宴会が始まった時、いずれC社長に挨拶してもらうとの話をした。

③ 翌一四日、マルキ工業本社に行った時に、Dから「本当に躯体四役の束ねにしてもらえるんやな。」と念押しされたので、「大丈夫だよ。もう自分が任されとるから。」と返事した。

同月末ころ、自分自身で考えて、Bの申し出を受けることを決め、金額については、マルキ工業の受注金額等を考えた上、Bが余裕を持って仕事ができるようにと考えて六億円にした。そして、同年一〇月四日Bから自動車で福岡空港に送ってもらう途中、「着工前に六億円ということでどうですか。」と話した上で、「こういった金の話は、お互いに一人ずつ当事者同士の二人しか知らないということにしないといけないよ。領収書は出ないよ。」と話したところ、Bは、「この金について、本部長が何に使おうが私は関係ないことです。それこそ、誰か他の人にやろうが、酒飲もうが、何しようが、本部長の御自由にして下さい。」と言っていた。この時、Bとの間でC社長の話は出なかった。

同月一二日マルキ工業本社にBを訪ね、第一回目の金額は七〇〇〇万円で、同月一八日に福岡に宿泊するホテルで受け取るとの話をした。この時、お金をスイスの銀行に送金する話はしていない。

④ 同年一一月九日に「丁原」でBと会い、Bから受け取る金額とその時期とを書いたメモ紙を渡した。金の受け取り日は、一月おきの第三金曜日にした。

平成二年一月一九日に原判示「東京全日空ホテル」でDとEから一億六〇〇〇万円を受け取った。この時、Dから、C社長に会わせてやってくれと頼まれたが、C社長に会わせるのは、日本技研を下請業者としてきちんと決めてからが良いと説明した。日本技研のことを事前にC社長に話して了解を得ているとの話はしていない。

⑤ 同年三月一三日に「銀座日航ホテル」のラウンジでB、Eと会った。この時、ゼネコンに対する現場説明会が遅れている状況や社長交替のこと等について説明した。

⑥ 同年四月一九日「丁原」でDと会った。この時、Dから、Bが「丙川荘」で約束した社長への挨拶や新聞発表をしてもらっていないことなどに不安を持っているとの話があった。当時、日本技研を躯体四役の頭に置くことができればよく、社長への挨拶や新聞発表は二の次と考えて、それほど重要視していなかったが、Dの話を了解し、同月二四日にBをI社長に引き合わせた。

⑦ 同年六月末ころ、C社長から電話があり、日本技研からC社長に手紙が行っていることを聞いた。そこで、同年七月三日BとEを原判示被告人方に呼び出し、C社長に手紙を出した経緯等について問い質した。

(3) 以上のとおり、被告人が、Bに対し、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることについて、上司の承諾を装ったかどうかの点についても、Bの供述と被告人の供述が真っ向から対立している状況にあるところ、その存否を直接証明する客観的な証拠や利害関係のない第三者の供述は存在しない。

ところで、この上司の承諾の問題は、Bがマルキ工業等を躯体四役の頭に採用してもらう見返りに被告人に本件金員を渡すに当たって、被告人に何を期待していたのかの問題と密接に関連している。すなわち、Bが、被告人を単に施主であるFDREの一役員と考えていたにすぎなかったのであれば、上司の承諾を得ることはBにとって本件金員を渡す必要条件になっていたと考えられるのに対し、被告人個人に一定の役割を期待していたと考えることができるのであれば、それ以上に上司の承諾を得るまでの必要はなかったといえるからである。そこで、この点についてみると、Bは、前述したように、「乙山」での被告人との会談の際に「ツインドーム計画については、H会長からC社長と自分が任されている。」「実務的には自分がC社長から任されている。」などという被告人の話を聞いて、被告人には、ゼネコンの絞り込みや選定程度はできると思ったし、少なくともゼネコンの第一次下請業者や躯体四役ぐらいは事実上決定することができる人じゃないかと思った旨述べていることからすれば、Bとしては、元請会社となるゼネコンの決定等の最重要事項についてはH会長やC社長の承諾が必要となるものの、それほど重要とはいえない第一次下請業者の決定については、会社の機構上最終的にはH会長やC社長の決裁を得る必要があるとはいえ、被告人にはそれを決定するだけの事実上の権限があり、そのような権限を有している被告人が、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることを約束してくれさえすれば、H会長やC社長も被告人の決定に口を挟むことなく、そのまま承認してくれるものと考えていたと思われる。このことは、Dにおいても同様であって、同人も、原審証言及び検察官調書(原審検甲一一六号)において、「乙山」での会談で被告人が「実務は任されている。」と言っていたことから、ツインドーム工事の最終決定権限はC社長にあると思ったが、実務を推進するに当たっては被告人にもかなりの権限が与えられていると思った旨、また、「丙川荘」の時も、被告人がC社長の信任を受けた現場の担当者であることから、下請業者を実質的に選べるものと思っていた旨述べていることからも裏付けられている。そうだとすると、Bにとっては、ツインドーム工事においてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用してもらうためには、被告人からその約束をしてもらえば十分であって、更にそれ以上に上司の承諾を得る必要性は乏しかったといわざるを得ない。したがって、Bが、第一次下請業者を実質的に決定する権限を有していると考えていた被告人から、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることについての約束を得ているのに、それでもなお上司の承諾を求めたというのは、かえって不自然であって、この点に関するB及びDの供述は納得し難いというほかない。

ところで、この点に関して、原判決は、「争点に対する判断」の六の1の「被告人の職務権限」の項において、ツインドーム計画の決定権限は、FDREの代表取締役社長であったCやIらにもなく、ダイエーグループの総帥であるH会長が一手に握っており、ダイエーの子会社の取締役で、同計画の実務面の責任者にすぎなかった被告人には、下請業者を紹介する事実上の権限があったものの、下請業者を指名するまでの権限はなかったから、そのことを承知していたBとしては、まだ元請会社も決定していなかった時期に、約束を実現する可能性の低い被告人個人に本件金員を渡すよりも、約束の確実な履行が期待できるFDREに提供したとみるのが妥当である旨説示している。確かに、一般的にいえば、ツインドーム工事においてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用してもらうというBの目的を達成するためには、本件金員を事実上の権限しか有しない被告人に渡すよりも、法的権限を有している者に渡す方がより確実であることは、原判決が説示する通りであると考えられる。しかしながら、事実上の権限しか有していない者の決定であっても、その者のした決定内容がその後法的権限者によって承認されることが見込まれるような場合には、当該目的を達成するために事実上の権限しか有していない者に対して金員等を供与し自己に有利な決定を求めることも十分考えられるのであるから、Bが、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用してもらうために、被告人の事実上の権限を頼んで本件金員を渡すことが有り得ないとはいえない。むしろ、前述したBやDの認識からすれば、Bは、同計画の第一次下請業者を決定することぐらいはできると考えていた被告人の事実上の権限に着目し、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用してもらう見返りとして本件金員を被告人に渡すことを決意したと考えられるのであって、このことは、ダイエーの内情に詳しいだけでなく、ダイエー出身の神戸市議会議員として、C社長のみならず、H会長とも割合自由に会うことができたDが、Bの依頼に基づきダイエー側との仲介をするに当たり、H会長やC社長ではなく、あくまでも同計画の実務面における責任者であった被告人のみを相手として専ら交渉を続けてきていたことからも十分窺うことができるのであって、原判決の右説示には賛同できない。

(4) 他方、被告人が上司の承諾を装ったかどうかの問題は、当時被告人がツインドーム計画における自己の権限をどのように認識していたかの点とも関連しているところ、この点について被告人は、原審及び当審公判廷において、ツインドーム計画における被告人の地位と権限からすれば、ゼネコンに対してマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることは十分可能であると考えていた旨供述している。そして、後述するとおり、当時被告人が置かれていた状況のほか、それまでの被告人の経歴、ゼネコンと協力会社等の関係についての認識内容、竹中工務店及び前田建設がスポーツドーム工事を建設共同企業体で受注した後の被告人の行動等に照らして考えると、被告人の右供述の信用性を直ちには否定し難い。また、Dの供述及びCの当審供述によれば、Dは、ダイエーで約二年間労働組合の役員をしていた時に、当時人事担当の役員をしていたC社長と交渉事をするなどして付合いがあっただけでなく、神戸市議会議員になった後もC社長とはよく会っており、被告人を介さなくとも直接会うことも、また、電話で話をすることもできる状況にあって、単にダイエー同期入社で親交があったにすぎない被告人と比べると、むしろC社長との交際がより深かったことが認められる。これらの事情から考えると、ツインドーム計画の実務面の責任者としての事実上の影響力を行使すれば、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることはそれほど困難ではないと考えていた被告人が、Bとの間の仲介者になりながら、C社長と親しい関係にあって被告人抜きで直接話をしたら容易に嘘が露見する恐れが強いDに対し、わざわざC社長の承諾を得ている旨を装うとは考え難く、この点からも、被告人がBやDに対して上司の承諾を装ったとすることには疑問が残る。

(5) ところで、Bは、平成二年六月二八日付けでC社長宛に手紙を出しているところ、その文面をみても、「新聞等にもこのプロジェクトの責任者として言われております『A専務』との約束ですので、絶大なる信頼を寄せて専務について参りましたが、今では不安の気持ちで一杯でございます。……思い悩み貴殿にご相談申し上げる次第でございます」としか記載されておらず、C社長が被告人を通じて当然右約束を知っているはずであるとの記載は存在しない。しかも、Dは、被告人を介さなくともC社長に直接会うことも、また、電話をかけて話をすることもできる立場にあったにもかかわらず、Bの供述によると、同月二〇日ころ被告人から約束していた予算措置ができないと言われて相談された際、Dが、C社長に連絡を取ってその真偽を確かめるなどの行動に出ることもなく、単にC社長に手紙を出すだけで満足していたというのは、いかにも不可解である。すなわち、Bの供述からすれば、躯体四役の頭になることの見返りとして六億円もの巨額の金を被告人に提供したのは予算措置によってその回収等が確実にできるとの見通しに基づいていたからであって、ゼネコンに対する予算措置の指示ができないとの被告人の話はいわば六億円の回収ができなくなり、マルキ工業等の存亡にもかかわる重大事であり、しかも、その際被告人との約束が上司の承諾を得ていたかどうかの点についても重大な疑問が生じたというのであるから、Bとしては、いかなる手段を講じてもその真偽を確かめたいと考え、C社長と親しい関係にあるDに頼んでC社長に確認してもらおうとするのが自然であると考えられるのであって、Bがそのような行動に出ていないのは、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用するとの被告人との約束が、C社長の承諾を前提としていなかったからとしか考えられない。

なお、この点に関し、検察官は、当審弁論において、Dは、平成二年四月一九日に「丁原」で被告人と会談した際、C社長に会って直接話をすると提案したところ、被告人から止められたことがあったことをもって、Dの行動に疑問はない旨主張するが、「丁原」での会談の際はいまだゼネコンから連絡等がないという漢然とした不安があったにすぎない段階であるのに対し、同年六月二〇日以後はその不安がより現実味を帯び、Bにとって事態はより深刻になっていただけでなく、そもそもC社長宛に手紙を出すこと自体「丁原」での被告人の話を反故にしたのも同然であると考えられるのに、Dが敢えて日本技研名義の手紙を出すという迂遠な方法を選択したというのは、やはり不可解というほかなく、検察官の所論には賛同できない。また、原判決は、「争点に対する判断」の六の7の「配達、内容証明郵便」の項において、Bが、被告人の頭越しにC社長に手紙を出して被告人との約束を明らかにすることは、もしC社長が右の約束を知らないと考えていたのであるならば、被告人が社内規定に違反して下請業者となろうとする者から金を受け取っていた事実が露見し、Bの目論見が水泡に帰する危険があるから、Bがそのような行動に出るとは考え難い旨説示している。なるほど、一般的には原判決が説示するとおりであろうが、当時の状況やBの行動等に照らして考えると、そのように断定することには疑問があるといわざるを得ない。すなわち、BがC社長宛に手紙を出す直前及び直後の状況を示している最も客観的な証拠である六月一四日及び七月三日の各テープによれば、当時Bは、建設業界における労務事情等から被告人に提供する金員の回収等に大きな不安を抱いており、何とか被告人にその保証をしてもらいたいとの強い気持ちを持っていたものの、被告人の返事は必ずしもBの期待に沿うものではなかったことが明らかであるところ、右手紙を見ると、「この件に関し御不信の念があれば一切の証拠品を添えてご説明申し上げますので、何卒窮状ご理解賜わりご尽力下さいますようお願い申し上げます。」との文言で結ばれている上、実際にも、Bは、被告人に金員を渡した時の会話内容等を録音した一〇月一八日、一月一九日及び六月六日の各テープや被告人作成名義の領収書(前同押号の一五、一七、一八)を所持していたこと、更に、Bは、被告人から「乙山」等においてツインドーム計画の実務面については被告人がC社長から任されているとの話を聞き、それを信じていただけでなく、被告人に提供した金員は同計画の裏工作資金としても利用されたと考えていたことを併せ考えると、Bとしては、たとえ被告人に大金を渡したことがC社長に露見しても、それが表沙汰になるというよりは、C社長が事の重大性を慮って事態のもみ消しを図り、被告人が明確に約束してくれない「ご用立てした資金は、別枠上積みにて返す」ことや「工事単価における適正利益の確保」についても保証してくれるか、場合によっては、Bの満足する金額で和解するものと計算した上で右手紙を出したとも考えられるのであって、原判決の右説示に賛同することはできない。

(6) 更に、被告人とB等との間でなされた会話の内容をより客観的に再現する本件テープの中から、上司の承諾の有無を検討する上で参考になると思われるものを拾い上げると、一月一九日及び七月三日の各テープに録音されている会話内容が検討に値する。

① まず、一月一九日のテープの会話は、第二回目の金員授受が行われた時のものであるが、その際、Dは、被告人に聞いておかないといけない話があると言ってから、「ざっくばらんに言うと、……この金が……、それが、え、ま、その、要はFDREの中で使ってもらわんと、それは、もう、この事業にとっては必要だろうということもあって、という話で進んできたんですけども、これについて、どうこうない。ただB'にとっては、この会社がやねえ、命運をかけた、また、いうならばチャレンジだよな、で、これはもう万が一のことがあったらB'のとこが飛んでまうし、俺も飛んでまう、というような可能性もあるからね。……Aにそれだけ信頼を寄せてやね、やってる以上、ま、仕事の面でな、確実に、こう、つながるように、これは、もう、当然最初にお願いしとるようにやね、仕事の面で確実にそれを結び付けてもらいたいと、これが一つだな」(当審検一五号の検察事務官作成の報告書一頁)との話をしている(以下「前段部分」という。)。その後Dは、仕事の話が一段落したところで、被告人に対し、「裏の話だから、全く極秘の話だけど、……代理人というのは、まあ、まず、この種の話やから、Aが受け取ってくれと、こりゃ一つ、もう一つは、ま、ダイエーの領収証は要らんけどな、Aの領収証はな、出したってくれ。この二つ、まあ、これだけ俺、今日要望しとこうと……それがないとやっぱり、……資産売却したりしながらやね、この仕事にかけてる……マルキ工業にとってはね、やっぱり、こう、一つの頼りが要るわけだよな、そりゃ、一つはA本人でありやな、Aを通してダイエーに頼んどるわけやから、Aはやね、全部つないでくれてるわけやから、そらもう、十分Aを信用しての話になってるわけやけど、その前提の中でね、渡すのはやっぱりAに直接に、これ一つで、Aから渡した時には領収証はやっぱりもらいたいと」「……勿論、あくまで外に出るあれじゃねえから、……これ、ま、いつかこういう話が今年中というか、何や話がどんどん進めて行って、こうCさんに最終的に話持って行く前にはな、やっぱり去年も頼んだようにB'会わしてやってやね、でこういう形でマルキにはちょっと工事言うて来たということで、Cさんの承諾取って、こういうふうにさせるからということを持って行って欲しい」と話し、被告人も「させることを決めてからやろな、もうすぐ」(この時Dも「そりゃええ、勿論それでええ」と相槌を打つ。)「あのね、事前に会わせてやね」「これね、いろんな要素があるからね、この件でCさんも知っとる、これ(H会長を指す。)がね、全てに口出ししとるからね、ゼネコンの決定から下請けのとこまで本当は彼が入りたいのよ」「ほで、今回のこの件の話も、これが入ったら、これに集中するよ」「すると、この仕事の名義人のリーダーは中村になるよ」「だから、ここでマルキさんを持ってきて、ダミーの会社を頭に持ってくるいうのは、これはね、決める前にここへ持ってくるちゅうのを社内の人間に話したら潰れる可能性がある」「決めてしもうてからね、で、ご挨拶だけでいい、それも、うちのCにご挨拶してもらう。……決めてしまうというのはね、僕の方がもう決めて流したら終わりなんですよ。一旦、外へ出たら、これ、ひっくり返せないからね、だから、リスクはある」と説明し、Dも「それは、もう、そういう話で、ずっと進めているからな」と同意している(右報告書一一頁ないし一三頁)(以下「中段部分」という。)。更に、被告人は、日本技研のパンフレットを受け取った後の処置について、「びしっと決めて全部流す前に、事前に全部個別にね、ゼネコン対策、どこが取るか、取らんか、そんなんは別問題として、今回の仕事をする時にはこれやでという、全部に渡すから、と自然に、何か月か、間にやね、定着するんよ。あ、この、この仕事やる時には、ここ使わないかんいうて言うとるということが定着するからね。その間に多分、一つや二つね、こう、あれが、波が出るはずなんよ、ゼネコンから、うちのC、Hに『Aさん、こんなに言うとるけど……』いうのが絶対一つ二つ出てくる。それに対しては、うちは社内の空気押さえて。Cさんは大丈夫よ」と説明し、Dも「任してもろとるんだから、責任持って俺がやっとるんやから、ということで、になるわけやな」と相槌を打っている(右報告書二五頁)(以下「後段部分」という。)

この一月一九日のテープのうち、中段部分及び後段部分の会話の内容からすると、被告人は、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させるとのBとの約束をいまだC社長には話しておらず、むしろ現在のダイエー内部の状況からすれば、C社長にその話を持って行くのは、ツインドーム工事においてマルキ工業等が躯体四役の頭になることが既成事実として固まってしまった後の方がよいと考えていたと認めることができるだけでなく、Dもそのような被告人の考え方に賛同していたことが明らかである。このことはとりもなおさず、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させるとのBとの約束が、被告人の上司であるC社長の事前の承諾に基づくものではなかったことを十分推認させるものである。しかも、それは、前述したように、ツインドーム計画については、H会長からC社長が全てを任されており、更にC社長から被告人がその実務面を任されていたことから、そのような被告人であれば、それほど重要とはいえない第一次下請業者を決定する事実上の権限を有しており、被告人が、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることを約束してくれさえすれば、H会長やC社長も被告人の決定に口を挟むことなく、そのまま承認してくれるものと思っていたためと考えられる。なお、Dは、原審において、右テープの中段部分の会話は、被告人に提供する資金の具体的な回収方法等についてきちんと道筋がついた段階でC社長の承諾を取ってくれという趣旨であって、マルキ工業等を躯体四役の頭にすることやBが提供する金員を回収させることについては既にC社長の承諾を得ていると思っていた旨供述しているが、右中段部分の会話は、被告人に領収証を要求した時になされたものであり、その後引き続いてマルキ工業等を確実に躯体四役の頭に採用させるための方法やBをCに会わせる時期に関する話がなされていることからしても、右会話の内容が、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用させる見返りとして被告人に金員を渡すことを話題にしていることは明らかであって、Dの右供述は到底信用し難いというほかない。

ところで、右一月一九日のテープのうち、前段部分の会話及び中段部分の初めの会話について、原判決は、「争点に対する判断」の六の5の「テープに録音された会話内容」の項において、右会話中のDの発言は、本件金員が被告人個人に対してではなく、被告人を通じてダイエーに提供されるものであることを明言したものであると説示している。確かに、Dの右発言は、同人が、本件金員の趣旨をツインドーム計画を実施する際の地元対策等の裏工作資金に使用されるものと理解していたことを窺わせるものである。しかしながら、そのことから直ちに、本件金員をそのような裏工作以外の用途、例えば被告人個人の用途に使用することを許さないとした趣旨であったと断定することはできない。むしろ、この点に関しては、後述するように、Bの認識においては、本件金員が、主として同計画を実施する際の地元対策等の裏工作資金として使用されると考えていたとはいえ、それ以外の用途に使用されることをも許容していたと考えられるのであって、その意味では、本件金員が、FDREの一役員である被告人を単なる伝達機関にすぎないものとして同社に交付されたというよりは、同計画の実務面の責任者である被告人個人に交付されたものと理解することもできるのであって、原判決の右説示は必ずしも正当であるとはいえず、賛同できない。

② 七月三日のテープは、BがC社長宛に日本技研名義の手紙を出した直後の被告人とBとの会談内容を録音したテープであり、その中でBは、「当初から、あの専務は、あの、C社長も、I社長も、あの、自分と同腹だよと、同じ考えだよと、皆知ってあるんだよ、というようなお考えだったお言葉だったもんですから」(当審検一八号の検察事務官作成の報告書六頁)とか、「結局、C社長もI社長も皆ご存じだという認識がオーナーにあるわけですね」「これは、我々が……腹芸で思わないかんことなんですけど、オーナーにしてみれば……知っておって一番上だから、その方にお願いをすれば、専務もそういう形で動いてくれるのじゃなかろうかと、こういうふうな期待が私はあったと思いますね」(右報告書一〇頁)とか発言しており、他方、被告人は「知っとってもね、前にも言うたでしょう。知っとっても知らんのよと」(右報告書一〇頁)と答えている。

この会話からすれば、C社長やI社長は、被告人がマルキ工業等を躯体四役の頭にする見返りにBから金員を受け取ることについて、知っていたのではないかとの疑問が生じる。もし、そうだとすると、被告人は、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることについて上司の承諾を得ていたことになり、かえってBに対する欺罔行為は存在せず、詐欺罪の成否との関係では格別の問題を生じない。他方、右会話が、真実は上司の承諾を得ていなかったのに、上司の承諾を装ったものとすれば、正に上司の承諾を装った欺罔行為となることが明らかである。しかしながら、右会話の内容を子細に検討すると、C社長やI社長が知っているはずであると思っているのはBが作り出したオーナーという架空の人物であって、B自体がそのように思っていたとの趣旨を明確に表現しているわけではない。しかも、Bの言葉によれば、オーナーがそのように思い込んだのは、C社長やI社長も被告人と同じ考えであると言われたからであるというものであるが、それは、「乙山」等において被告人から実務面は全てC社長に任されているとの話を聞いていたことに基づくものと考えられる上、何よりもBは右の会話が録音されることを知っていたことからすれば、後々のために意図的にそのような話をした可能性も否定できない。また、このようなBの発言に対し、被告人は、「ひとつはっきり言えるのは、今の段階でうちのIなり、Cがね、確約しようということについてはね、これはできんね。というのはね、この件、何がどうあってもね、CなりIの方に言うと、関係さすと、これがあとになってね、何らかの形で出るということは、これはできない」(右報告書八頁)と答えており、いまだマルキ工業等の話はC社長やI社長にしていないことを示唆する表現をしている。このような状況に加え、前述したように、右会談が行われる直前にBがC社長宛に出した手紙の文面にも、C社長が被告人を通じてBとの約束を知っているはずであるとの記載は存在しないことなどをも考え併せると、右会話におけるBの言葉から、被告人が、Bに対し、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることについてC社長から事前の承諾を得たとの話をしていたと推認することまではできない。

他方、被告人の言葉は、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用させるとのBとの約束をC社長やI社長が知っているとは断言していない。しかも、Bの問いかけが架空の人物であるオーナーの認識を前提にしているため、おのずと被告人の返事も仮定的な内容を含んでくる可能性も否定できないこと、ことに、Bは、I社長の確約書を要求しているため、被告人が、そのような確約書を出した場合にどうなるかを念頭において話を進めていくことも十分考えられることからすれば、右テープに収録されている「知っとっても知らんのよ」とか、「仮にこれが、法廷に出てどうのこうの言うた時に、それを全て被って飛ぶのは僕だけですよ。あとは全然知りませんよ。それはもう当り前。今までのいろんな例を見ても、それはもう前に立って窓口に立っている人間が一切知らぬ存ぜぬでそいつだけがかぶって終わりですよ。これ当然だと思う」(右報告書一一頁)などと発言していることについて、被告人が、当審公判廷で、Bとの間に認識のギャップはなかったが、オーナーとの間に認識のギャップがあると考えていたので、これらの話は仮定のものとして一般論を説明した旨述べることもあながち否定できないと考えられる。

そうすると、この七月三日のテープの会話から、被告人が、Bに対し、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることにつき上司であるC社長ないしI社長から事前の了解を得ているとの話をしていたと推認することはできないといわざるを得ない。

(7) 以上の検討結果に加え、前述したように、被告人が、提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額でマルキ工業等に工事を発注させると約束した旨述べるBやD、Eの各供述が信用し難いことをも併せ考えると、被告人がBに対して、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることにつき上司の承諾を装ったと述べるBの供述、あるいはこれに沿うDやEの各供述についても、それをそのまま信用することはできないといわざるを得ない。

そうすると、他に、被告人が、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることにつき上司の承諾を装ったと認めるべき明確な証拠はなく、被告人がそのような上司の承諾を装ったと認めるには合理的疑いが残るといわざるを得ない。

(四) 次に、本件金員について、FDREがツインドーム計画を実施する際の地元対策等の裏工作資金に使用されることが予定されていたかどうかの点について検討する。

(1) この点に関して、Bは、前述したように、「乙山」での会談において、被告人から暗に裏金を要求され、これに応えるとともに躯体四役の頭の仕事を受注しようと決意して「丙川荘」で被告人と会い、最大限一五億円を提供する用意があることを申し出、その後被告人の指示に従って本件金員を交付した旨供述し、D及びEもこれに沿う供述をしている。これに対して、被告人は、「乙山」での会合でBに金を要求したことはなく、「丙川荘」でのBからの一五億円の提供の申し出は、あくまでも被告人個人に対するリベートであると思っていた旨供述し、B等の供述と対立している。

(2) ところで、被告人は、「乙山」での会談において、その真意はともかく、ツインドーム計画を推進するに当たって大金が必要であるとか、同計画については地元の財界や商店街等に反対する者がいるとの話をしたことは間違いない。しかも、Bは、その後、被告人とGが一緒に記者会見している新聞記事を見て、被告人に大金を渡してその見返りに躯体四役の頭の仕事を得ようと考え、被告人ともう一度会えるようにDにその手配を頼んで「丙川荘」で被告人と会談し、前述した申し出をしたことが明らかである上、Bの供述、更にはQの当審証言によれば、建設業界においては、仕事を受注するに際して金員を提供することがしばしば行われているというのであるから、「乙山」での被告人の話を聞いたBやDが、被告人から暗に裏金を要求されていると理解したというのもあながち否定できない。

他方、「乙山」での会談が行われた当時の状況は、株式会社福岡ダイエー・リアル・エステートが福岡市にツインドーム計画に必要な地行浜の埋立地の分譲を申し込み、桑原福岡市長が同計画を受け入れる意思を表明していた時期に当たるとはいえ、仮に被告人が右「乙山」での会談において真実Bに裏金を要求したのであれば、その後Bと「丙川荘」で会うまでの約八か月もの長期間、被告人の方からはBやDに全く連絡を取ろうともせず、「丙川荘」での右会談もDから連絡があってようやく実現したというのはいかにも不可解というほかないこと、また、Bが被告人に一五億円の提供を申し出た「丙川荘」での会談当時は、既に福岡市と同社との間で同計画に必要な地行浜の埋立地の購入契約の締結も終了していた上、検察官作成の「被疑者Aにかかる詐欺事件処分報告」書抄本(当審検三三号)等の関係証拠によれば、被告人はBから受け取った本件金員のほとんどをすぐに株式への投資等個人的な用途に費消していることからすれば、被告人が、「乙山」において前述した話をしたのは、Bに対して裏金を要求する趣旨ではなく、単に同計画の進捗状況を説明するためであったとするのも否定し難い。

(3) このように、「丙川荘」において被告人に一五億円の提供を申し出たBの意識と、この申し出を受けた被告人の意識との間には齟齬があったと考えられるところ、右会談において、Bは、被告人に対し、マルキ工業を躯体四役の頭に採用してくれる見返りに一五億円を提供する用意があるとの話をしただけで、この一五億円を被告人においてどのような用途に使用するかの点については格別の話合いも行われておらず、その後のBと被告人との会談においても、この点を明確にしたことを窺わせる証拠も存在しない。しかも、Bの供述によれば、このように工事を受注する際に提供する裏金は最終的に議会や行政の関係者に行くとは思っていたが、Bとしては、確実に工事を受注することができればよく、裏金がどのように使われるかについては全く関心がなかったというのであるから、Bが被告人に提供する裏金の用途について話題にしなかったのも当然といえる。そして、このことは、七月三日のテープにおいて、Bが、「なぜ、会社の方でいる裏金がどうして株にいったんだろうかとか、……年寄り(Bの言うオーナーを指す。)は考えるわけですね。私にしてみれば、そのなかでどこに誰がいこうが、私には関係ないことなんですよ。私は専務に出したわけですから」(当審検一八号の検察事務官作成の報告書一二頁)という言葉によっても裏付けられているだけでなく、Bに一億円を交付した東洋高圧株式会社のQの当審証言も基本的には同趣旨である。そうすると、Bとしては、本件金員を被告人に提供する際、それが、主としてツインドーム計画を実施する際の裏工作資金として使用されるものと推測していたとはいえ、被告人がそれ以外の用途に使用することも当然容認していたと考えられるのであって、ツインドーム工事においてマルキ工業等が躯体四役の頭に採用されるという約束さえ実行されるならば、本件金員がたとえ同計画を実施する際の裏工作資金として使用されなかったとしても、それも許容されていたという意味において、本件金員を裏工作資金として使用するとの点は、Bが被告人に本件金員を交付する動機にはなっていなかったというべきである。また、このことは、仮に被告人が、「丙川荘」での会談以後、本件金員の使途に関するBの考えを察知していた場合にも同様であると考えられるから、この点に関してBと被告人との間でその意識に齟齬があったとしても、それは詐欺罪の構成要件要素としての欺罔や錯誤には当たらないといえる。

更に、前述したように、Bは、同計画の実務面の責任者である被告人の事実上の権限とその影響力に着目し、そのような影響力を持っている被告人から、同工事においてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させると約束してもらった見返りとして、被告人に本件金員を交付していること、また、Bは、「乙山」での被告人の話を聞いて、被告人が裏金を集める窓口になっていると思ったというのであるが、それも、被告人がC社長から実務面を任されていると言っていたことからBがそのように考えたものであること、七月三日のテープに録音されているBの前記言葉は、被告人に提供する金員をどのように使うかは被告人に任されていると考えていたことを示すものと理解できることをも併せ考えると、たとえ本件金員がFDREのツインドーム計画等の事業のために使用されるとしても、それは被告人の裁量に基づくものであって、Bにおいては、被告人が本件金員を個人的な用途に使用することさえ許容していたと考えることができる。その意味では、本件金員は、FDREの一役員である被告人を単なる伝達機関にすぎないものとして同社に交付されたというものではなく、同計画の実務面の責任者である被告人個人に交付されたものと理解することができる。そうすると、平成二年九月三〇日の被告人との会談を録音したカセットテープ(前同押号の三一)の会話中には、被告人がBから受け取った本件金員のごく一部を福岡市の職員に渡したことを窺わせる部分がある(当審検二二号の検察事務官作成の捜査報告書一五頁)ものの、前述したように、被告人がBから受け取った本件金員のほとんどを株式への投資等被告人の個人的な用途に費消していたからといって、このような被告人の行動がBの許容する範囲を超えたものであったとはいえず、被告人がその使途を明確にすることなくBから本件金員を受け取ったことが、欺罔行為に当たると解することもできない。

(五) 以上検討したとおり、本件金員は、Bが、ツインドーム計画の実務面の責任者であった被告人の事実上の権限とその影響力に着目し、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用してもらう見返りとして、そのような立場にある被告人に交付したものと認められるので、更に、被告人が、同計画におけるそのような被告人の事実上の権限や影響力についてBを欺罔したかどうかの点について検討する。

(1) まず、ゼネコンと協力会社等との関係についてみるに、Fの検察官調書(原審検甲一二五号・不同意部分を除く。)及び原審証言、Uの検察官調書(原審検甲一二七号・不同意部分を除く。)及び原審証言等の関係証拠によれば、ゼネコンにおいては、一般に、受注した建設工事の下請け工事をゼネコンが抱えている協力会社等に発注しているが、特に躯体四役と呼ばれる鳶、土工、鉄筋、型枠大工の各工事については、いわば建設工事の骨格部分を構成し、その品質、安全、工期等を維持する必要性が極めて高いことから、ゼネコンとこれら躯体四役に関する協力会社等との結び付きは他の業種に比して極めて強く、躯体四役は概ね自動的にこれらの協力会社等に発注されるのが建設業界における通例であること、しかしながら、そのような躯体四役に関しても、例外的に、ゼネコンの協力会社等に属さない下請業者に工事を発注することがないとはいえず、特殊な技術を要する場合とか、施主による下請け指定がなされた場合などには、そのような例外的な下請け工事の発注も有り得ることが認められる。そして、このような建設業界における実情については、長年同業界のなかで仕事をしてきたBにとっては自明の理であったと考えられることからすれば、Bは、被告人に本件金員を交付することの見返りとして、このようなゼネコンに対する下請け指定の方法により、躯体四役の頭に採用されることを期待していたものと考えられる。

(2) ところで、前述したように、ダイエー内部においては、元請会社となるゼネコンを拘束する下請業者を指定する権限は、FDREの社長であったCやIにもなく、ダイエーグループの総帥であるH会長のみが有していたものであり、被告人にはせいぜい元請会社となるゼネコンに下請業者を紹介ないし推薦する事実上の権限しかなかったことが明らかである。しかしながら、このようなダイエー内部の状況については、ダイエー出身の神戸市議会議員であるDは当然熟知していたと認められる。しかも、Dは、原審において、「丙川荘」で被告人と会談する直前マルキ工業本社でBと打合せをした時に、H会長が細かいところまでチェックするなどの話をした旨供述していることからすれば、このようなダイエー内部の事情についてはBにおいてもおおよそのことは承知していたものと考えられる。そして、BやDの各供述によれば、Bは、被告人から「実務面はC社長から任されている」等の話を聞いて、被告人には少なくともゼネコンの第一次下請業者や躯体四役ぐらいは事実上決定することができる権限があると思ったというのであるから、Bが期待したゼネコンに対する下請け指定の方法は、ダイエー内部における正規のものではなく、被告人が有している事実上の権限によるものであったと考えられる。そして、Cの当審証言等の関係証拠によれば、被告人が実務面の責任者として同計画を統括してきたことが明らかであるところ、被告人が「乙山」等においてBに話した内容も、ツインドーム計画を遂行するに当たって「C社長から実務面を任されている。」ということに尽き、それ以上の言辞に及んだことを認めるべき証拠は存在しない。そうすると、被告人が自己の権限についてBを欺罔したということはできないし、また、Bが、被告人の言動によって、その権限について錯誤に陥ったものともいえない。

(六) そこで、更に、被告人が、「丙川荘」等においてBに対し、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることを約束した当時、その見込みがなかったといえるかどうか、あるいはその意思を有していなかったといえるかどうかの点について検討する。

(1) まず、ツインドーム工事において元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させる見込みがあったかどうかの点については、前述したとおり、ゼネコンと協力会社等との間の強力な結び付きを考えると、その可能性は低かったものの、ゼネコンに対する下請け指定の方法によれば、それを実現する可能性が全くなかったとはいえない。

ところで、被告人は、ツインドーム計画に携わるまでは、ダイエーにおいて主として新店舗や大型改装店舗の企画立案等といった仕事しかしてきておらず、必ずしも建設業界の実情に詳しかったわけではなく、躯体四役に関するゼネコンと協力会社等との強力な結び付きについて必ずしも十分な知識を持っていなかったのではないかと考えられる。このことは、平成二年九月二九日のダイエーのV顧問等とBの会話を録音したカセットテープ(前同押号の二六)の会話中において、V顧問が被告人のことを「あれはねえ、あの、建設、経験ないんですよ、あの男は」(当審検二七号の検察事務官作成の捜査報告書一七頁)とか、「A……がですねえ、何も分からんで、建設のことは何の知識もないくせにですねえ」(右報告書三九頁)と発言していることからも十分窺うことができるだけでなく、被告人は、平成元年一〇月四日Bから福岡空港に送ってもらう自動車内で、Bに材工の意味やその具体的内容等について聞いていたこと、同年一二月二二日Bと会った時にも、ゼネコンの担当者から聞いた話として大工と鉄筋を一緒に束ねることができるのかと問い質していたこと、更に平成二年七月下旬ころには、スポーツドーム工事の発注に向けて基本合意書作成のためのすり合わせ作業をしていたFから、わざわざゼネコンと協力会社等との結び付き等について説明を受けていたことからすると、被告人は、建設業界の実情に疎かったと考えざるを得ない。ところが、被告人は、ツインドーム計画の実務面の責任者になって以後、同計画に伴う下請け工事への参加を希望する多くの下請業者がゼネコンへの紹介を頼むために被告人の下に挨拶に来るようになっただけでなく、C社長を初め、ダイエーの役員等の下に挨拶に来る下請業者についても被告人に回されてくることから、被告人が、実務面の責任者としての事実上の権限やその影響力を行使すれば、ゼネコンに対しても下請け指定ができると思い込むようになっていたとしても不思議ではない。このことは、被告人が平成二年八月七日当日にBと会った時の会談内容を録音したマイクロカセットテープ(前同押号の九)の会話において、その日Fに多数の下請業者の名前を挙げて推薦した経緯について説明した中で、「今日、下請けの……打合せを全部やってね、……こっちから、言うことを全部言って、……工事をする方は、要は日本技研という会社が全ての工事で、窓口でまとめます。だから、……竹中が日本技研と連絡を取りおうて、この件についてどういうふうにするかを……」(当審検二一号の検察事務官作成の捜査報告書三頁ないし四頁)、「彼らは、……中村工業という、いわゆる……系列の名義人にしますと、で、ここをやっぱり使おうというふうに考えてましたと。で、まあ、ご施主さんからそういうご要望であれば、……検討してみなならんと思いますけど、ちょっと考える時間をくれませんかと」(右報告書六頁)言っていたと言いながら、「ここ一月ばかりで、もう結論を出してしまいましょう。……お互い納得ずくで、ちょっと、もうこら、技研でいこうということでね。これはもう現場のトップがそう思うたら、その瞬間、それで……、拒否権も何もない。本社も言わん。これは現場の問題です」(右報告書二一頁)、「中村を日本技研と横並びで置いてくれと、……という話になるかもしらん、……俺は、それは認めんと、これは日本技研が全て頭やと、この下に中村がきて、いうことを、こら調整せないかんかもしらん」(右報告書二九頁)と発言していることからも、被告人がいかに自己の権限やその影響力を大きく考えていたかを窺うことができる。他方、Bは、長年建設業界で仕事をしてきていた者であることからすれば、ゼネコンの協力会社等になっていないマルキ工業等を躯体四役の頭に採用してもらうことが一般に困難であることについては、被告人以上に認識していたものと考えられる。したがって、ツインドーム工事において、元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭に採用させる見込みについて被告人がBを欺罔したとも、Bが被告人の言動によって錯誤に陥ったともいい難い。

(2) 更に、被告人において、マルキ工業等を躯体四役の頭として採用させる意思がなかったかどうかの点についてみると、被告人は、前述したとおり、同工事を竹中工務店と前田建設の建設共同企業体に発注することが決まり、基本合意書作成のためにすり合わせ作業をしていた平成二年八月七日、F所長に対し、数十社の名前を上げて下請業者を推薦したが、その際、日本技研については他数社とともに特に詳しく説明した上で躯体四役の頭に採用するように申し入れたこと、その一、二日後F所長が日本技研を躯体四役の頭に採用することができないと断わってくると、一度Bと会って話をしてくれるように頼んだこと、その後F所長と会ったBから、躯体四役の頭に採用することを断わられた旨の話を聞くや、再度F所長に対して、施主の指示だと思って再検討するように申し入れをする一方、前田建設のR専務に電話を掛けて日本技研を躯体四役の頭に採用してくれるように働きかけをするとともに、同年九月一四日には竹中工務店九州支店を訪ね、F所長に対し、それまでにない強い態度で「あなたが駄目ならもっと上の人に話をしてもいい。」と要求したこと、ところが、同月一七日F所長から呼び出しを受けたBが、現在交渉中なのでF所長と会わないようにとの被告人の指示に反してF所長に会い、日本技研が躯体四役の頭として一工区を受け持つとの話を拒否するとともに、K社長に対し、本件金員を被告人に渡したことなどを話した結果、もはや被告人としては打つ手がなくなってしまったことが認められる。以上の経過からみると、被告人は、スポーツドーム工事を受注する元請会社が決定した後は、日本技研を躯体四役の頭に採用させるために被告人なりに打てる手を尽くしたものの、同工事の躯体四役の頭には竹中工務店の協力会社等を充てたいとのF所長の強い決意に阻まれ、その目的を達成することができなかったものといわざるを得ない。しかも、このように、被告人が、日本技研を躯体四役の頭に採用させるためにゼネコンに働きかけるのが遅れたのは、当初の予想に反し、第一次マスタープランが出来上がった平成元年二月下旬ころからH会長がツインドーム計画について口を挟むようになってきたため、元請会社が決定する前に動くことは得策でないとの判断があったからであり、このことはBやDも被告人の説明を了解していたものと認められる。すなわち、一〇月一八日のテープの会話中では、日本技研を躯体四役の頭にしたい旨のBの申し出を了解した上、「一一月の末までに、ひとつ日本技研の、あの、経歴書なり何なりいうのを一応、必要部数揃えておいて頂いて、我々は、ゼネコンに対しては、この分野の仕事は日本技研」「すべて日本技研と」「ということで回しますから」(当審検一三号の検察事務官作成の捜査報告書一七頁)と話していたが、一月一九日のテープの会話中では、ツインドーム計画にH会長が口出ししてきており、下請業者の決定に同会長が口出ししたら「この仕事の名義人のリーダーは中村になるよ」「だから、ここでマルキさんを持ってきて、ダミーの会社を頭に持ってくるいうのは、これはね、決める前にここへ持ってくるちゅうのを社内の人間に話したら潰れる可能性がある」(当審検一五号の検察事務官作成の捜査報告書一二頁ないし一三頁)「決めてしもうてからね、……決めてしまうというのはね、僕の方がもう決めて流したら終わりなんですよ」「だから、出すタイミングね、僕はね、もう、やはり遅くともね、二月の中旬位にね、二月の中旬から下旬には僕はここの名義人、このプロジェクトについての名義人はこの会社ということを条件付けで出したいんですよ」(右報告書一三頁、一七頁)と話が変わり、更に六月一四日のテープの会話中では、被告人自身は「具体的な話をしたらね、ゼネコンが決ってからじゃないと動けない」(当審検一七号の検察事務官作成の捜査報告書六頁)と言いつつ、「(Bの方では)ダイエーの方からお前んとこと言われとるということでやってもらいたい。……ある程度第一線を固めといてくれる方が、その、ゼネコン含めて四役は日本技研よということを指示したとしても」(右報告書二一頁)やりやすいと説明している。これらの事情を併せ考えると、「丙川荘」での会談が行われた当時、被告人は、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることは十分可能であり、また、そのために被告人自身がゼネコンに働きかけをする意思も有していたものの、その後のツインドーム計画の進捗状況が被告人の当初の思惑と違ってきたため、当初の目論見が外れてしまい、結局、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用させることができなくなったものと考えられる。したがって、被告人において、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用させる見込みも、その意思もなかったということはできない。

(七) 以上検討してきたとおり、被告人との間において、マルキ工業等を躯体四役の頭に採用させるだけでなく、提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額で受注させるよう予算措置を講じるとの約束があり、上司の承諾も得ているとの話があったので、本件金員を被告人に交付した旨述べるBの供述、これに沿うDの原審供述、Eの当審供述は、いずれも客観的な証拠である本件テープに録音されている会話内容等に対比して信用し難く、他に右事実を認めるべき証拠は存在しない。

また、被告人が、Bに対し、マルキ工業等を躯体四役の頭にすることを約束するに当たり、被告人の権限についてBを欺罔したことやBが錯誤に陥ったことを認めるべき証拠はなく、更に被告人がマルキ工業等を躯体四役の頭にする見込みや意思を偽ったことを認めるべき証拠もないから、結局、本件公訴事実については犯罪の証明が十分でないといわざるを得ない。

そうすると、被告人に詐欺罪の成立を認めた原判決には事実の誤認があり、それが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

二  よって、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、更に次のとおり判決する。

第二破棄自判

本件各公訴事実は、「被告人は、株式会社ダイエー・リアル・エステート(代表取締役W、以下ダイエー・リアル・エステートという。)の取締役などとして、同会社等が推進していた福岡ツインドーム建設計画に関し、上司を補佐し、その業務全般を統括していたものであるが、かねてからB'ことBが、自己の経営するマルキ工業株式会社(以下マルキ工業という。)あるいは日本技研株式会社(以下日本技研という。)において、右福岡ツインドーム建設工事のうち鳶・土工・型枠大工・鉄筋の各工事を、元請会社から第一次下請けとして発注したい旨希望していることに乗じ、同人から右ダイエー・リアル・エステートの地元対策費等名下に金員を騙取しようと企て、平成元年九月一三日ころから同年一〇月一八日ころまでの間、数回にわたり、福岡県朝倉郡《番地省略》所在の旅館『丙川荘』等数か所において、同人に対し、真実は、同人から右地元対策費等が提供されることを条件に、元請会社をしてマルキ工業もしくは日本技研を右各工事の第一次下請業者として採用させた上、同人において提供する右金員を回収しかつ適正利益を確保するに足る十分な金額で右各工事を同会社に発注させる旨右ダイエー・リアル・エステート代表取締役の了解を得た事実がなく、また自己において確実に元請会社をして右同様にさせる意思も見込みもないのに、いずれもこれあるように装い、『間違いなくマルキ工業あるいは日本技研を躯体四役の束ね役としてゼネコンに採用させた上、用立てた金を回収し、適正利益も確保できる価格でゼネコンから発注させる。このことは上司も了解している。ついては地元対策費等として着工前に六億円を協力してもらうこととし、まず七〇〇〇万円提供してもらいたい。』旨虚構の事実を申し向けて金員の交付を要求し、同人をして、その要求に従えば、確実に、右各工事を元請会社から第一次下請業者として受注することができるとともに、提供する右金員を回収しかつ適正利益を確保できるものと誤信させ、よって、同年一〇月一八日ころ、福岡市博多区博多駅前二丁目一八番二五号所在のホテル日航福岡客室において、同人から、地元対策費等名下に現金七〇〇〇万円の交付を受けてこれを騙取し」(平成三年二月二七日付け起訴状記載の公訴事実)、また、「被告人は、株式会社ダイエー・リアル・エステート(代表取締役W、以下ダイエー・リアル・エステートという。)及び株式会社福岡ダイエー・リアル・エステート(代表取締役K、以下福岡ダイエー・リアル・エステートという。)の取締役などとして、当初前者が推進し、その後、後者が引き継いでいた福岡ツインドーム建設計画に関し、上司を補佐し、その業務全般を統括していたものであるが、かねてからB'ことBが、被告人の金員交付の要求に従えば、自己の経営するマルキ工業株式会社あるいは日本技研株式会社(以下日本技研という。)において、確実に、右福岡ツインドーム建設工事のうち鳶・土工・型枠大工・鉄筋の各工事を元請会社から第一次下請業者として受注することができるとともに、提供する金員を回収しかつ適正利益を確保できるものと誤信していたことに乗じ、同人から地元対策費等名下に金員を騙取しようと企て、第一 平成元年一〇月一八日ころから同二年一月一九日ころまでの間、数回にわたり、福岡市博多区博多駅前二丁目一八番二五号所在のホテル日航福岡等数か所において、前記B'ことBに対し、真実は、同人から前記ダイエー・リアル・エステートに地元対策費等が提供されることを条件に、元請会社をして日本技研を前記各工事の第一次下請業者として採用させた上、同人において提供する右金員を回収しかつ適正利益を確保するに足る十分な金額で右各工事を同会社に発注させる旨ダイエー・リアル・エステートの当時の代表取締役Cの了解を得た事実がなく、また自己において確実に元請会社をして右同様にさせる意思も見込みもないのに、いずれもこれあるように装い、『鳶・土工・大工・鉄筋の窓口はすべて日本技研であるとゼネコンに徹底させる。躯体四役については日本技研の方で見積ってくれたら、ゼネコンの見積と差替えさせるというところまで徹底してやる。回収については、B'社長の方で一番良い方法を考えてくれたらすべてそのようにする。一度Cにも会っていただく。元請会社に対するスポーツドーム建設工事の発注金額は低くなるかもしれないが、日本技研の分は予算措置をする。地元対策費等として平成二年一月一九日に一億六〇〇〇万円を提供してほしい。』旨虚構の事実を申し向けて金員の交付を要求し、右B'ことBをして、その要求に従えば、確実に、右各工事を元請会社から第一次下請業者として受注することができるとともに、提供する右金員を回収しかつ適正利益を確保できるものと誤信させ、よって、平成二年一月一九日ころ、東京都港区赤坂一丁目一二番三三号所在の東京全日空ホテル客室において、同人から、地元対策費等名下にEを介して現金一億六〇〇〇万円の交付を受けてこれを騙取し、第二 前記B'ことBが、かねてから被告人が約束していた前記福岡ダイエー・リアル・エステート代表取締役への紹介、日本技研が前記各工事の第一次下請業者に決定された旨の新聞記事の掲載等が実行されないことから、日本技研において、右各工事を元請会社から第一次下請業者として受注した上に、提供する金員を回収しかつ適正利益を確保できるか否か不安を抱き始めたことを知るや、真実は、右B'ことBから右福岡ダイエー・リアル・エステートに地元対策費等が提供されることを条件に、元請会社をして日本技研を右各工事の第一次下請業者として採用させた上、同人において提供する右金員を回収しかつ適正利益を確保するに足る十分な金額で右各工事を同会社に発注させる旨右福岡ダイエー・リアル・エステートの当時の代表取締役Iの了解を得た事実がなく、また自己において確実に元請会社をして右同様にさせる意思も見込みもないのに、いずれもこれあるように装い、同年三月一三日ころ、東京都中央区銀座八丁目四番二一号所在の銀座日航ホテルにおいて、右B'ことBに対し、『日本技研のことはCからIに引き継がれているし、僕の担当は変わらないのだから心配いらない。』旨虚構の事実を申し向け、同年四月二四日ころ、福岡市中央区赤坂一丁目一二番六号所在の右福岡ダイエー・リアル・エステートにおいて、右B'ことBを右Iに引き合わせ、さらに同年五月一一日ころ、日本経済新聞にあたかも同社が日本技研をスポーツドーム建設工事の下請業者の取りまとめ窓口とする旨正式決定したかのような記事を掲載させ、右B'ことBをして、右Iが、元請会社に日本技研をスポーツドーム建設工事の第一次下請業者として採用させることを了解しているかのように誤信させた上、同年六月五日ころ、同区《番地省略》甲野四〇五号所在の被告人方において、前記Eを介して右B'ことBに対し、全同様に装い、『約束通りIにも会わせたし新聞発表もした。明日までにどうしても三〇〇〇万円を提供してほしい。』旨申し向けて金員の交付を要求し、右B'ことBをして、その要求に従えば、右各工事を元請会社から第一次下請業者として受注することができるとともに、提供する右金員を回収しかつ適正利益を確保できるものと誤信させ、よって、同月六日ころ、右被告人方において、右B'ことBの意を受けた右Eから、地元対策費等名下に現金二五〇〇万円の交付を受けるとともに、同人をして東京都大田区蒲田五丁目一七番二号所在の富士銀行蒲田支店に開設されていた東京証券蒲田支店名義の当座預金口座に五〇〇万円を振込ませてこれを騙取した」(平成三年三月一三日付け起訴状記載の公訴事実)というものであるが、既に検討したように、被告人が、Bから本件金員の交付を受けるに当たり、Bに対し、元請会社をしてマルキ工業等をツインドーム工事の躯体四役の頭として採用させる旨の約束をした事実は認めることができるものの、関係証拠を検討しても、右約束についてC社長やI社長の了解を得た旨装った事実も、また、Bにおいて提供する金員を回収し、かつ、適正利益を確保するに足りる十分な金額で右各工事をマルキ工業等に発注させる旨装った事実も、更には、被告人において確実に元請会社をしてマルキ工業等を躯体四役の頭として採用させる意思も見込みもなかったのにこれあるように装った事実も認めることができないから、本件については犯罪の証明がないというべきである。よって、刑訴法三三六条後段により、被告人に対して無罪の言渡しをすることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 川口宰護 裁判官 林秀文)

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